ー1ーD教室ー

「おっは!悠那!」
『おはよ環』

葵と天馬と別れた悠那は自分の教室に入ろうとドアに手をかける。手に力を入れてドアを開ければ、環が悠那に声をかけ、悠那もまた挨拶を交わした。すると、環の後に次々と「おはよう」と声をかけてくる生徒達。最近は、教室に入れば皆が試合観たよと言ってくれるようになり、クラスメイトとの絆が深まった悠那。
今日は少しだけ皆のテンションが高い気もしないが。

「今日、隣のクラスに転入生来るんだって!」
『へぇ、そうなんだ』

先程から伝わるクラスメートの楽しそうな表情。自分のクラスじゃない事は残念だが、やはりどこか楽しみだ。隣というと天馬達のクラスに違いない。だからテンションが上がってるんだあ、と悠那は内心納得していた。

『(っあ)』

環の話しを聞きながら、鞄から教科書を出していた悠那。今ではもう、いつもと何ら変わりない同じような動作だが、今日はいつもと少し違った。鞄の中に手を突っ込み手探って中身を出してみれば、自分とは違う名前。そういえば、昨日は一緒に宿題やったんだっけ?なんて思い出したように昨日の事を思い出す。H.R終わった後で教科書届けるついでに転入生を見に行こう。そんな事を考えた悠那は椅子をギシギシ言わせながらこれから始まるH.Rを待った。

…………
………

『さてと、行きますか…』

鞄の中から自分の名前ではない教科書を取り出し、悠那は次の授業の教科書を出し、隣のクラスへと向かう。転入生はどういう子なのだろうか、男子かな?女子かな?サッカーは好きだと良いなあ。なんて考えながら、教科書を強く抱き、天馬のクラスの前に立つ。

『天馬ー?』
「ん?あ、ユナ!」

悠那が教室の扉を開けてみれば、教室の中には天馬と葵と信助が一緒に転入生と話していたみたいだった。悠那が声をかければ、三人は直ぐにこちらを振り向いて天馬は嬉しそうに悠那の手首を掴むなり教室の中へと入れてくる。あまりの事で悠那はバランスを崩すも、直ぐに体勢を整えて天馬に引っ張られた。

「紹介するよ!狩屋マサキ君!サッカー部に入部するんだって!」

そして、天馬はとある生徒の机の前に悠那を立たせて、そのまま紹介してくる。水色の髪色に、黄色い目。その男子生徒は少しだけ控えめに余所のクラスから来た悠那を見上げる。この子は確か校門に居た男の子だ。まさか、サッカー好きの男子だったか、と内心納得出来た。天馬の説明に悠那は「ふーん」と言い、改めてその狩屋マサキくんを見下げる。

『こんにちは』
「こんにちは。えっと…?」
『あ、私は谷宮悠那。天馬と葵とは幼馴染みなの」

よろしく、と一言言えば、狩屋は「うん、よろしく」と小さく微笑んで返す。それだけ挨拶を交わせば、傍に居た信助が目を輝かせるなり、悠那の方へ手の平を向けてきた。どうやら今度は悠那が紹介される番らしい。

「因みに悠那はサッカー部なんだよ!」
「マネージャー?」
「ううん!ユナは選手だよ」

女だからか、狩屋は悠那はマネージャーだと思ったらしい。確かにこの場に居る葵はサッカー部でマネージャーをやっている。狩屋の自分の知識の中では、サッカーをやるのは男子だけ。マネージャーと聞かれた時、笑顔が引きつったが天馬が狩屋に説明した瞬間、どこか安堵していた自分が居た。

「へぇ…じゃあライセンス持ってるんだ」
『あ、いや…まあ…』

あははっと乾いた笑いをしながら頭を掻く。彼の言うライセンスは余程の才能を持っているという事。さすがにお情けで貰いましたなんて言えなかった悠那は、そう乾いた笑いを上げるしかなかった。

「ッヘ…」

…………
………

時は過ぎて放課後。
天馬達は悠那のクラスが終わるのを待った後、一緒に部室まで向かっていた。いつ見てもやはりサッカー棟はデカく、さすがの狩屋もあまりのデカさに少し驚いたように目を見開いており、「ここが…?」と誰に聞いた訳でもなくボソッと呟いていた。そんな狩屋に気付いていないのか、天馬達は「ここがサッカー棟だよ」と言って中へと入って行く。

「ここが部室だよ」

天馬に紹介されて狩屋は感心するように部室を見回す。そんな彼等に気付いた神童は座っていた所から立ち上がり、こちらを見た後に狩屋へと視線を移した。明らかにサッカー部員ではないその人物に、神童は疑問を抱く。

「キミは?」
「サッカー部に入りたいんです」
「入部希望者か」
「転入生なんです。狩屋マサキ君」
「宜しくお願いします」

天馬がその場に居る部員達に狩屋を悠那みたく紹介する。天馬が紹介し終わった後、狩屋は一礼をして自分から入部したいと言った。頭を下げた時、一瞬狩屋の表情が変わった気がしたが、円堂以外に誰もそんな変化に気付かなかった。

「そんじゃあ今日の練習はまず入部テストっスかぁ?」

浜野が片手を上げて言えば、思い出したようにざわめいた。勿論、それは狩屋も同じ。入部となると、入部テストがある。入部テストと言われれば、天馬達が二年、三年を相手に勝負をするが、あのテストは数人居たからこそにちゃんとした試合が出来ていた。勝負には関係無いものの、少しでも動かないといけなくなる。天馬達もやっと気付いたのか、「あっ」と思い出したように声を上げる。

「そうだったぁ!」
「入部テストの事忘れてたぁ」
『守兄さん』

どうすんの?と悠那首を傾げながら聞けば、円堂はスクッと立ち上がり、狩屋の元まで近付いていく。そして、十分な距離になった頃、あの真剣そうな表情ではなく、皆に向けるような笑みを狩屋にも向けてきた。

「狩屋、お前はサッカー好きか?」

突然の問い掛けに狩屋は思わず戸惑いを見せる。だが、余りの円堂の真剣な顔に応えないといけないと思ったのか、狩屋もまた真剣な顔をして、円堂を見上げた。

「――はいっ」
「……

よし、入部を認める!」

その言葉に誰もが驚いた顔をする。
円堂が入部を許可。だが、自分達は何もしていない。試合どころか、彼のプレイすらも見ていないのだ。
なのに、彼の入部を許可をしたという事は、

「え?入部テストは?」
「今のが入部テストだ。サッカーをやりたい奴が入るのが、サッカー部だからな」

浜野の質問に、そう言い残して円堂は部室を出て行ってしまった。
この場に居るのは確かにサッカーが好きな人達ばかり。そして、狩屋もまたサッカーがやりたいと言う人物だ。そんな円堂の言葉に、天馬は「監督っ!」と嬉しそうに言った。

「…ですよね〜」
「……」

直ぐに納得する浜野に速水はそれで良いのか、と呆れるような視線を送る。

「円堂監督らしいやり方だな」
「はい」

傍では、円堂が出て行ったドアを見ながら三国と神童は微笑みながらそう言った。

「…面白いな」
『良かったね、マサキ』
「え?あ、うんっ」
『…?』

ドアを見ている狩屋に玲那が話しかければ、少し慌てたように返事をする狩屋。そんな彼の反応を見た悠那は片眉を下ろし、苦い顔をする。そして、腕を組んでから顎へと手を回してうーん、と唸って見せた。難しそうに唸る悠那に、狩屋はめんどくさそうな表情を一瞬見せたが、直ぐに直して悠那の方を改めて見やる。

「ど、どうしたの?」
『あ、いや…名前呼びって受け付けないかな〜、と思ってさ』

嫌だったかな?と頭を掻きながら悠那が聞けば、狩屋は少し目を見開く。ポリポリと頭を掻くその少女を見れば、本当に悩んでいるように見られる。そんな彼女に狩屋は、「う、ううん」と、小さく微笑んでどもりながらも答えた。その許可を得た悠那は安心したのか、難しそうな表情を止め、悠那もまた小さく微笑んだ。

『そっか、じゃあ私の事も名前で呼んでよ』
「あ、う、うん…」

よしっ、と悠那は小さく拳を作ってガッツをしながら笑う。隣のクラスとはいえ、同じサッカー部になったのだ。天馬達みたく親しくなれるかは分からないが、とりあえず悠那と狩屋が友達になった第一歩だった。すると、いきなり自分の見ていた世界が傾き、体制も少しだけ崩れてしまう。何だ何だ、と違和感を辿って行けば、苦しさと痛みを伝えてくる。誰かに襟首を掴まれている。その誰かを確認したいが、どうしても首をそちらに向けれない。誰だよー、とズルズル引きずられながら心中で愚痴る悠那。

「着替えるんだ。お前はとっとと自分の更衣室に行け」
『京介だったか…いや、っていうか、何で襟首掴むかな?!』

後少し強かったら首吊りで死んでたぞ私?!と未だに引きすられながら剣城へと反論する。若干顔を上に向けてみれば、剣城のポニーテールが見えて納得した悠那だが、首が更に痛くなった所為で再び自分は位置が自分の背より低い世界へ。こちらを見る天馬達は苦笑中。入部者である狩屋は少しだけ目を見開かせながら驚いている。というか京介ってさっきまで座ってたよね?なんて、考えていれば自分の体はもうドアの前。うむ、力持ちだな京介。

「あぁ?ここで着替えるのか、お前は」
『っな…!』

やっと開放された自分の襟首。それと同時に首の痛みも解放され安堵の息を吐く。だが、次にきた剣城のその言葉に、悠那は顔を赤くし出した。そして思い出されるのは、いつぞやの着替え事件。それを思い出したのは悠那だけではなかった。天馬達も思い出したらしく若干顔を赤くしている。
首もとを抑えながら、悠那は鞄をギュッと抱き締め、ドアの前に立ち開いたドアから一歩外に足を出した後、もう一度剣城に振り返った。

『京介のバーカバーカ!』
「…フンッ」

まるで小学生の暴言みたくバカを連呼し、挙げ句の果てには目の下を伸ばして舌を出す。そして、悠那はそのまま自分の更衣室へと走って向かった。そんな彼女に、剣城は特に何も言う訳でもなく、済ました顔で自分のロッカーの前に立った。
二人が随分昔の幼馴染みと聞いてはいたが、まさかここまで性格が違うと兄妹にしか見えない。まるで剣城が兄で悠那が妹だ。なんて考えながら、そそくさと着替えに入った剣城を見て、天馬達もまたワンテンポ遅れながらも着替えに入った。

…………
………


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