『…はぁ、』

木枯らし荘にある自分の部屋にあるベッドの上で悠那は紙を持ちながら今ので何回目かになる深い溜め息を吐いた。

『やっぱり、もう退院してたか…』

時は昨日の夕方に遡る。
海王学園との試合が終わったと同時に、バスで帰った悠那。木枯らし荘に一回戻り、病院に行ってみれば、自分が会いたい人が居なかった。もちろん、会いたい人は優一でもあったが、もう一人。名前を看護士に聞いて改めて病室に行ってみたが、彼はもう既に居なかったのだ。
病室にある机の上にあったのは紙切れだけ。自分の名前が書いてあり、直ぐに自分宛てだと分かり、中身を見てみれば…

―悠那へ
試合見たぜ、お疲れさんっ。
必殺技がもう一つあったなんてビックリしたなあ。
それから松風天馬君の化身もね。
あ、遅れたけど俺は今日から退院した。
まあ、いつか会えるからまた会ったら、今度は一緒にサッカーやろうなっ!
負ける気はしないけど(笑)

そんじゃ、サッカー頑張って勝ち続けろよ。

逸仁―

そう、壱片逸仁の病室。地区予選を優勝したから、報告だけでもしとこうと会いに来たが、逸仁は悠那達の試合が終わった瞬間に、退院したらしい。近々退院するとは感じていたが、まさか今日だとは思っていなかった。他校での初めての先輩が出来た事に、少しだけ嬉しさがあったが、こうも別れが早かったとは。

『用意しなきゃ、』

悠那は手紙を全て読み切ると、その手紙を自分の机の上に置くなり、壁に吊されている制服に手を伸ばした。

…………
………

『「行って来まーす!!」』
「行ってらっしゃーい」

木枯らし荘の扉を開け、元気良く飛び出す天馬と悠那。外でほうき掃除をしている秋に挨拶し、学校に向かおうと走って行く。数メートルぐらい走って行けば、見慣れた人物の背中を見つけるなり、「っあ!」と悠那は声を上げた。そして、天馬より早く走るスピードを上げていった。

『葵ー!』
「?あ、ユナに天馬!おはよう」
『おはよっ』
「おはよう」

その人物の名前を大きな声で呼べば、その人はこちらを振り返るなり、小さく微笑んで片手を振る。葵が二人にそう挨拶すれば、悠那と天馬もまた挨拶を交わす。お互い挨拶を交わした後、二人は走るのを止め、再び歩き出した。
そんな三人の話題は早くもこれからのサッカーの事。それは、葵が切り出してきた。

「いよいよ始まるねっ全国大会っ」
「うん、絶対負けられないよ!」
「本当のサッカーを取り戻すんだね」
「あぁ!皆で頑張れば必ず何とかなるさっ」
『何とかするんだよ』

悠那があははっと笑えば天馬が何やら突っかかて来ようとしてくる。そんな二人の様子を見た葵は曇らせていた表情を直した。

「頑張れ、天馬!ユナ!」
『「うんっ!!」』

葵からの応援。二人はその応援に元気よく応えた。そうして、他愛もない話を学校に着くまで話していた三人だった。
そんな他愛もない話しをしていれば、雷門の校門が見えてくる。今朝は部活は無いのでゆっくりと登校出来ている。今日も平和だなあ、なんて呑気に思っていた時だった。

「あ」
『どしたの?』

と声を上げる葵。どうかしたのか、と葵の方を見れば、葵は真っ正面を見ている。それを疑問に思いながら葵の見る方向を辿って行けば、そこには見た事が無い子が雷門の制服を着てただ黙って立っている男の子が居た。

「……」

暫くその男の子を見ていれば、悠那達に気付いたのか、少年はニコッとこちらを見るなり微笑んで、校門の中へと入って行く。

「見た事無い子だね」
『うん…』
「誰だろ…?」

三人はお互いに顔を合わせるなり、そう呟く。そんな疑問を持ちながら、学校へとワンテンポ遅れて入って行った。

…………
………

「皆に言っておく。これから雷門中はフィフスセクターが送り込んだ全国の強敵と戦う事になる。

だが、絶対倒せない相手なんて、どこにも居ない!皆で力を合わせれば必ず勝てる!そうだろ?」

そう言ってヘヘッと円堂が笑いながら聞けば、部員達は勇ましく返事をする。地区予選は順調に優勝した。次に自分達が戦わなければならないのは、日本中から集まるチーム達。負ける訳いかない、そのプレッシャーは自分達が勝ち続けていくにつれ強くなっていた。だが、それと同時に強くなっていくのは溢れ出す気合い。どんな強さを持っているか、ただ自分達は今より強くならなければならない。そんな気合いを入れながら、そのまま練習が始まった。
神童から青山へパスが渡る。だが、

「まだ甘いド!!」
「わぁっ!?」

直ぐに天城に奪われてしまう。そのボールを一乃がジャンプをして取ろうとするが、信助が更に高く飛び、ヘディングでボールをフィールド外に出した。

「反応が遅いぞ!!」
「すまない、」
「もっと頑張らなきゃな」

霧野のそんな言葉に一乃は息を切らし、汗を拭いながら謝罪を言う。そんな一乃に青山もまた疲れながらも、笑顔でそう言った。セカンドからいきなりファーストに来た二人にとっては嬉しい事を感じると同時に、皆に付いて行くので必死らしい。辛い筈なのに、息を切らす二人を見ると、

『スゴく嬉しそう…』

そう、嬉しそうに見えるのだ。その光景を見ていた悠那は思わず声を漏らす。それはそうだ。彼等は今まで我慢してきたんだ。久し振りのサッカーで、嬉しいのは当たり前なのだ。


天馬からのスローインで練習が再開。ボールは悠那の元へと向かって行く。ボールを胸で受け取った悠那は直ぐに上がって行った。

『!』

すると、目の前には剣城が。剣城は直ぐにボールを奪おうと食い付いて来る。悠那は少し苦しそうにしながらも必死にボールを奪われるのを阻止しようと足で上手くボールを守っている。
「こんのっ!!」と、悠那はボールを上げ、自分の今日のパートナーである浜野にボールを渡した。

「ナイス悠那!」
『は、はいっ』
「ッチ」

し、舌打ち…
浜野からの言葉に、悠那が若干嬉しそうに返事をすれば、傍で悔しそうに舌打ちをする剣城。そんな彼をなるべく触れないようにしながら、そのまま上がって行けば、浜野は再び悠那にパスを出した。自分の目の前には、ゴールの前で気合いを入れる三国の姿。周りにはもう自分からボールを奪いに来る人が居ない。悠那のシュートチャンスだった。

『行きまーす!』
「よしっ、来い!!」
『たぁっ!!』

ゴールに向かって蹴ったボール。勢いよく放たれたシュートだが、そのボールは三国の方へ真っ直ぐに飛んでいき、三国は難なくそのボールを思い切り受け止めた。そして、どうだ、と言わんばかりにボールを片手で持ち上げる。それを見るなり、やはり三国には適わないと思った悠那は片眉を下げて苦笑の表情を表した。

『あちゃー…』
「でもスゴくね?流石悠那!!」

悔しいな、と指ぱっちんをして見せる悠那に、近くまで上がっていた浜野がそう言うなり、悠那の肩に自分の腕を回してくる。そして、もう片方の腕で悠那の頭をガシガシッと豪快に撫でて来た。それには流石に反応出来なかったのか、目を丸くして「ぬおっ?!」という、お世辞にも可愛いと言えない、間抜けな声を上げる悠那。

「…浜野、悠那。早く出ろ」
『は、はい!』
「ほーい」

暫くそんな事をしていれば、その光景を見ていた神童が若干声のトーンを落とし早く出るように言う。明らかに厳しそうなその声色に悠那は若干怯みながらフィールドから出ていった。浜野もまた、頭に腕を持って行き、その場から退く。
次は倉間と天馬だ、ここに二人が居ては邪魔になってしまう。(あれ、良く見れば他の人も顔怖くね…?)

そして神童のかけ声で倉間と天馬のシュート練習が始まった。倉間は天馬からボールを貰い、直ぐに上がって行く。そんな彼に霧野がボールを奪いに来たがそれを上手く交わしてそのままドリブルを続けていった。

「天馬!」
「はい!!」

十分上がった頃に、倉間は天馬にパスを出し、そこから天馬がシュートを放つ。三国はすかさず反応をし、シュートを止めた。

「よしっ、良い連携だったぞ!!」

止めた三国はボールを抱えながらそう二人を褒める。その言葉に倉間は満足げに笑った。だが、倉間の隣に居た天馬は普段なら喜んで「はい!」と言っていた筈だが、三国のそんな言葉にも天馬は喜ぶどころか、不満げな表情を浮かべ、顔を俯かせている。

「今のじゃダメだ」
「え?」

不意に言った天馬の言葉に倉間は小さく驚いた。三国からも褒められ、倉間自身も納得するようなプレイ。見ていた方も全く問題なさそうに見える。だがその一方、天馬はやはり表情を崩さず、まだ真剣な顔をしていた。

「もう一度お願いします」

そして、天馬が顔を俯かせて何かを考えた後、出した答えに倉間へと頭を下げながら頼み込んだ。その天馬の行為に思わず倉間もまた怯んでしまい、思わず後ずさってしまう。

「もっと速いパスを下さい」
「…フッ、言うじゃなぇか」

天馬の行為に少し呆気に取られていた倉間だったが、これは後輩である頼み。今まで天馬は自分に否定されていた。だが、そんな自分にここまで頭を下げて頼み込んでいるのだ。倉間は腕を組み、小さく笑って言ってみせた。だが、それは天馬にとって違う捉え方をしたのか、不安そうな表情にしながら倉間を見上げる。

「あ、すみません…!何か偉そうな事言っちゃって…」

倉間自身はもちろん、責めるつもりで言った訳ではなく、むしろ天馬の言葉を嬉しく思っているように見える。ただ、倉間の普段の行いや性格の所為か、天馬は責められているのと勘違いしてしまったた天馬。
だが、

「遠慮すんな!」
「そうだド!」
「ピッチの上じゃあ、先輩も後輩もない」

天馬の周りに三年生が気を使うなと言わんばかりに集まって来る。

「三国先輩…!」

天馬が視線をもっと前に向ければ、二年生全員が天馬を見ている。その目線は全て三国に同意するように見え、神童と霧野もまた頷いていた。自分はもう、練習や試合に遠慮しなくても良いんだ。自分にはこんなにも頼れる先輩や、友達が居る。それが嬉しかったのか、「はいっ!」と元気よく頷いた。

『だって、京介』
「…何で俺に来るんだよ」
『キミはもう少し上下関係を…』
「ッハ」
『うわっ鼻で笑われた…』

そんな二人のやり取りを見ていた車田。苦笑しながらこちらを見ていた表情が次の瞬間には、暗くなるのを捕らえられた。何かあったのか、と悠那は車田の方を向く。すると、車田はそんな悠那の視線に気付いたのか、「いや、」と言った後に、再び気まずそうに口を開いた。

「…南沢も戻って来れば良かったのによぉ」
「転校なんて信じらんないド」

車田と天城が顔を俯かせながら発した言葉は南沢の転校の話。その思わぬ話題に、皆は初耳だと言わんばかりの表情になる。二年生の方を見てみれば、誰も知らなかったらしく、かなり驚いている。どうやら知っていたのは三年生だけだったらしい。

「南沢さん、転校したんですか?」
「あぁ、行き先も言わねーでな」
「そうなんですか…」

自分達ならともかく、車田達にまで行き先も言わなかったらしい。余程、自分達に知られたくなかったのだろう。そんな行動が南沢らしくて、まるで本当に他人みたいな関係になってしまったみたいだ。

「このサッカー部で、一緒にやって来たのによぉ…」

車田のその言葉に、その場に居た全員は何も言えずに、不穏な空気が漂う。誰一人として何も言えずに、ただその場で突っ立っていた。

「アイツにはアイツの考えがあるのさっ」
「南沢さんも、いつか俺達のやろうとしている事、分かってくれますよ」
「そうだな」

――キーンコーンカーンコーン…
三国や神童の言葉に、少しだけその場の空気は和らいだが、やはりどこか引っ掛かる所がある。だが、そんな空気を終わらせるかのように、部員達の会話が終わったと同時にチャイムが鳴った。そこで、練習はここまでとなった。

「……」

『…ん?』

ふと、土手の方を振り向いてみれば、そこには今朝校門で出会ったあの少年が歩いているのが見えた。周りはもう生徒達は居ない。先程まで、自分達の様子を見ていたのだろうか。

「ユナー!行こー」
『え、あ…うん!』

だが、悠那は特に気にもせずに、着替えに戻った。

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