自分の目の前に、延々と続く道があった。
歩いても歩いても、その道に終わりが見えない。
誰かを追ってここまで歩いてきたのに、その誰かすら見失ってしまった。
自分は何の為に歩いているのか、自分ですら分からなくなってしまった。

だけど、自分の目の前に、自分が目指すモノが再び現れたとしたら?

俺は、今度こそ…

「こんにちは、お嬢さん」
『?』

あの試合が終わった頃、あの試合で活躍をしていた少女、悠那が遥々病院まで来ていた。
ジュースを再び買いに来てみれば、テレビで見たあの誰よりも小さい背中が見えた。もしや、と思い声をかけて見れば椅子に座っていた少女がストローに口をやりながらこちらを振り返ってきた。
少女は最初自分の事じゃないと思ったのか、キョロキョロと他に居る“お嬢さん”を探してみたが、明らかにこの場にはお婆ちゃんやお爺ちゃんなど、殆ど年寄りしか居なかった。

「アンタだよお嬢さん」
『…私?』

少しだけ自分は怪しかっただろうか。少女はストローから口を外し、自分自身に指を差して驚くように聞いてきた。
その問いに改めて「そうだ」と言えば、目の前の少女はやはり驚きの顔を浮かばせた。そして、疑問符を浮かばせて誰だと聞かんばかりの表情をしてきた。

『あの…』

どこかで会いましたっけ?ど疑問をぶつけてきた少女。もちろん俺と彼女は今日初めて出会った。いや、俺自体はテレビとかを見て知ってたが、この少女は知らないらしい。
確かに俺はテレビで見たから知ってるというのもあるが、どこかとても懐かしい感じがしたのだ。
そして、何よりあの剣城や松風という男達よりこの少女に興味が行った。試合中の剣城に向かっての喝。あれは思わず大声を上げて笑った。

少女の問いに、俺は内心そう思いながら静かに首を振った。
それを見るなり、少女はどんどん困り顔をしていく。

「まあ、なんだ。テレビでアンタを見てな」
『今日の試合、ですか?』
「っそ」

面白かったぜ、とパックジュースを飲みながら言えば少女は苦笑いを浮かばせながらストローをくわえ直した。勝ったというのに何故素直に喜ばないのだろうか。
試合が終わった瞬間にはあんなに喜んでいたのに。子供らしいんだか、大人っぽいというんだか。分からない子供だ。

『サッカー、やってるんですか?』

おっと、そう来たか。

「ああ、まあな。でも今は入院中」
『そういえば足包帯巻いてますね…』

案外、この少女は単純なのかもしれない。見知らぬ青年に話しかけられた割には全く警戒されていない。俺が言うのもアレだが、知らない男に話しかけられたら何かと理由付けて去れば良い。
まあ、場所が病院だから安心しているのかもしれないが。ん?病院だから安心ってどういう事だ?

「…サッカーの練習中にちょっと怪我をね〜。つっても、もう治ってるもんだから」

松葉杖を片手で軽く振ってみれば、少女は随分と驚いた様子で見ていた。
おまけに近くに看護師も居たらしく、俺の様子を見ていたのか大声を上げてまで制止してきた。何度も言うが、俺の怪我はもう治っているもんだ。
へーへーと、松葉杖を下ろして大人しくしてれば看護師は若干眉を吊り上げながらそのまま自分の仕事へと行ってしまった。

「ったく…

アンタ、フィフスセクターを知ってるか?」
『!?』
「知ってるんだな。って、当たり前か」

サッカーをやっている者なら、誰でも知っているフィフスセクターの存在。
俺がその単語を口に出せば、その子は肩を小さく揺らしてパックを持つ手に力を入れていた。それを見て知っている事を肯定。
つまり、どんな状態になっているか分かっていて今まであんな試合をやり続けていた、となる。
だが、この子はまだフィフスセクターの本当の姿を知らない。それでも半分くらいは理解しているだろう。
すると、少女はこっちを向いてやっと警戒するような目を向けてきた。

「そんな目すんなよ。フィフスセクター、許せないのか?」
『許せないって言うか…まあ、そんなとこです』
「……」

ここじゃアレだから、外出るか。

…………
………

不思議な人に出会った。
帝国との試合も無事に終わり、優一さんの見舞いに一人で来てみれば優一さんは足の為にリハビリ中。
待ってる間が暇だった為、ジュースを買って待っていたら、恐らく私より年上だろう、男の人が話しかけてきた。

パジャマで松葉杖をつく男の人。
黒髪に目立つのは左耳に付いていた金色に輝くピアス。
整った顔立ちの割にはたれ目であまりやる気を感じさせない。

最初は、人違いかと思ってスルーしようとしたけど、明らかにあの人の目は私に来ていた。
何かしただろうか、と思ったけど、どうやら今日の試合を見ていたらしい。
それで暫く話しを聞いていれば、次にはその人の口から“フィフスセクター”という単語が飛び出した。
サッカーをやっている、と聞いた時からどことなく、この人も知ってるんじゃとは思っていたけど、まさかだった。

「アンタは、どこまでフィフスセクターを知ってるんだ?」
『大体は…』

病院のベランダへと場所を移動した。
場所を移動するなりいきなり男の人が質問を振ってきた。
フィフスセクターとは、学校間の格差を無くす為に存在する組織。八百長まで浸透させた組織。
殆ど神童から聞いた話しだが、まだまだ分からない事だらけだ。だが、サッカーをしている人達が常識として知っている事は知っている。
もしかして、この人はフィフスセクターを知っているのだろうか。

「…俺ァ、フィフスセクターを許せないね」
『え…?』

ベランダのテラスを掴んで手に力を入れて表情こそ出ていないがかなり怒りに震えているのが分かった。
それを見て、この人は自分が心配していたシードではない事だと思われる。それに自分もフィフスセクターを許せない部分がある。京介を苦しめて、優一をも泣かせ、サッカーが好きな天馬や神童達の気持ちを踏みにじるのがどうしても許せなかった。
この人は、もしかしてサッカーやる人達の中で数少ない反乱派の人かもしれない。

「お互い、頑張ろうぜ」
『――はいっ』

一体何を頑張るんだか、よく分からないけど出会ったばかりだけど、何故かこの人とは分かり合えそうな気がした。
ただ、作られた笑顔がどうしても悲しそうに見えたのが気がかりだった。作られた拳が、何かを我慢してるようにしか見えなかった。

「俺は壱片逸仁。逸に仁って書いて“はやと”って読むんだ。中三でもうすぐ受験生」
『あ、私は谷宮悠那。中一です。先輩だったんですね』

敬語を使っていて良かったと内心で思いながら、差し出された手を戸惑いながらも自分の手を重ねた。
手を握り締め、数回上下に振った後、直ぐに手を離した。

「っじゃ、そろそろ戻るわ。悪いな、話しに付き合わせちまって」
『あ、いえ。色々驚きましたけど、楽しかったです』
「…そっか」

陽が完全に傾いて空を茜色を染めた頃、逸仁がそう切り出してきた。こんな時間まで話していたが、彼は身体検査とか大丈夫なのだろうか。
自分も優一に会おうと病院まで来たが、こんなに話し込んでしまった。会いに行くのも遅い。今日は仕方なく諦めて自分も帰る事にしよう。立ち去ろうとする彼に自分もついでに帰ろうと途中まで付いて行こうとする。
すると、逸仁はこちらを横目で見るとフッと小さく笑みを浮かべた。

「雷門、頑張って勝ち進めよ」
『?…はいっ』

何故今、そんな事を言ってきたのか分からないが、悠那は何も気にせず頷いた。きっとこの人も足が完全に治ったら、今の雷門みたいに反乱を起こしてくれるに違いない。

それを信じて、悠那は病院を後にし、逸仁と別れた。

「…単純な子だなあ」

これから、あの単純な子はあの雷門と一緒に勝ち進んで来るのだろうか。
いや、それを信じて自分は自身の事をやりのけて行こう。
まず、その為には…

「この怪我、完全に治さねーとな…」

…………
………


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