黒木との話しが終わった剣城は、居たたまれない気持ちがあったものの優一の居る部屋へと戻ってきた。
優一の表情は先程より深刻そうな表情をしていたが、剣城が自分の傍へと近付いた瞬間、眉間に皺を寄せてきた。その表情が自分にきたと分かった剣城は、直ぐに優一へと顔を向けた。
二人の会話はなく、ただ二人の視線がぶつかる中、点けっぱなしだったテレビから実況者のテンションの高い声がその場に似合わず響いてきた。

「…チームメイトを放って置いて、お前はこんな所で何をしている」

そんな中、優一の棘の入った言葉がテレビの音と混じって剣城の耳に入ってきた。

…………
………

前半半ば頃、雷門は御門の必殺技“皇帝ペンギン7(セブン)”で先取点を取られてしまった。先制を取られた雷門。ボールは雷門からとなり、試合は再開された。倉間がボールを持ち、そのまま布陣に攻めあがって行った。
しかし、

「「“サルガッソー”!!」」

浦田と飛鳥寺の二人が倉間の周りを走り、やがては一つの渦のような衝撃波が現れ、倉間を巻き込んだ。
それに絶えきれなかった倉間は弾き飛ばされ、ボールは奪われてしまった。
ボールを奪った飛鳥寺は直ぐに逸見へとパスを出した。

佐々鬼と同時にジャンプをして交差した瞬間、ボールを中心に何やら陣みたいなのが出てきて、それを二人同時に蹴り出した。
“ブリタニアクロス”。あまりの威力に速水は抜かれてしまった。そのまま御門にボールが回り、霧野と天城が止めようとするが、またもや突破されてしまう。
御門にシュートを打たれるが三国がなんとか防いだ。だが、雷門側は抑えるのが精一杯だった。

「頑張るよなあ、お前等も」
『(キッツいなあ…)』

悠那は周りに居る部員達を見て正直に思った。息を肩をする人や、額や頬に汗を出して疲労を出す人。皆が皆、疲れていた。怪我人が出ずにいるのが奇跡に近い。なんとか選手交代は避けられていた。
軽く状況は見れば分かるが、自分もかなり疲れているって言えば疲れている。だが、そんな事言ってられないのだ。帝国の攻撃は休まらず、雷門は守備すらままならない状況だった。ドリブルする神童の前に龍崎が立ちはだかってきた。

「はぁぁああっ!!

“奏者マエストロ”!!」

それを見た神童が化身を出現させれば、化身には化身。龍崎も“竜騎士テディス”を出現させて対抗してきた。
二人がボールを挟んで競い合うが、力の差で神童が負けてしまった。

「お前の化身など通用しない!!」

化身で対抗しようとも、簡単に相手の化身に負けてしまう。どうしても攻めきれないこの展開を打ち破るには“アルティメットサンダー”しかないと考えた神童。成功するかは分からないが、神童は直ぐに倉間達に“アルティメットサンダー”を実行すると、アイコンタクトで指示を取った。

「(今度こそ決める…っ!)」

神童のアイコンタクトを見た倉間達は直ぐに行動に起こした。そんな中、倉間の目には力強い光が宿った。先程邪魔されて、やる気は十分ありその中には必ず完成させてみせるという意志があった。それ程この展開を打ち破る為には“アルティメットサンダー”しかないと、誰もが考えたのだろう。そんな彼等を見た車田は“ダッシュトレイン”で相手からボールを奪い、それから神童にパスを出した。
最初はボールを持った神童から。次に速水、霧野、天城へとエネルギーを徐々に溜めていき、最後は倉間となった。

「“アルティメットサンダー”ッ!!」

四人分のエネルギーが溜まったボールを再び倉間に迫り、倉間もまたそれを再び蹴り返そうとする。が、

「うあぁぁっ!!」

倉間は先程と同じように弾き飛ばされてしまった。やはり、神童や倉間のキック力では足りなかったのか、弾き飛ばされた倉間はまた地面を何度か転がった。そんな様子を見ていた悠那は下唇を強く噛み締めた。

『京介…っ!』

早く来てよバカ…っ!
両手を拳にして、力強く握った悠那は来るかどうかどうかも分からない相手をひたすら信じながら目の前の光景を悔しそうに見ていた。

「…お前にとってサッカーとは、その程度のものだったのか。

答えろ京介」

そんな彼等が頑張る中、病室のテレビに目を向けていた優一はもう一度剣城の方へと向いた。疑問系ではない肯定的なその言葉に、剣城は何も言えなくなってしまい、顔は俯かせたまま。
自分に来る鋭い視線が自分を責め立ててきて、悔しそうにただ黙って眉間に皺を寄せた。

…………
………

それからも、帝国の猛攻は続いていた。そのたびに雷門は必死に抑えようと立ち向かうが、それは一時的に止めるだけで帝国の勢いは中々止められずにいた。ボールはまだ帝国側。ボールを持つ逸見から奪おうと速水が付こうとするが、ボールは御門に渡ってしまった。

「どれほど足掻こうと無駄だ!!勝つのは我々帝国っ!!」

そう言った御門は両手を大きく広げ、背後から藍色の靄が姿を現した。“黒き翼レイブン”。大きな翼を持った鳥型の化身。翼の色はまるで、呪われたような禍々しい黒。こちらの様子を伺う化身の目は烏を思い出させてくる程の目つき。その姿に思わず息を飲んだ。
神童達もまた、その化身を見て目を見開いた。

「こいつも化身使い!?」

化身は龍崎だけだと思っていた雷門。だが、実際はまだ居てもおかしくはなかった。そうこう言っていれば、御門はシュートを放って来て、三国が“バーニングキャッチ”で防ごうとするが、いとも簡単に破らてしまった。
雷門は帝国に追加点を許してしまったのだった。

…………
………

またもや点数が入ってしまった事は、観客席どころかフィフスセクター本部、そして病院でも流れていた。
それはもちろん優一の病室にも流れている訳で、二人の間にはかなり重たい空気が漂っていた。

「お前が男と話しているのを聞いた」
「っ!?」

確かめるように、そう言えば驚きを隠せていない自分の弟の姿が目に入った。何かの聞き間違いだと、信じたかったが自分の耳で、しかもこの反応を見てしまったら、もう信じるしかなかった。
そんな姿を見せた彼に、優一の中で何かがぶつりと切れた気がしてならなかった。自分の腰から下を覆っているスーツを握り締め、次にはそれを掴み思い切り捲った。そして、不意に自分の視界に入ったのは動かない自分の足。

「京介。俺はお前に頼んだか?この足を元通りにしてくれと、頼んだのかっ?一度でも!」
「…っ」

今にも溢れ出しそうな自分の感情達。京介のサッカーに対する気持ちへの怒り、幼い頃、兄として当然の行為を貶されていく哀しみ、何も答えようとしない京介への苛立ち、弟へと感情をぶつける自分の愚かさ、弟の仲間を思わない行為。
どれを優先に京介へ気持ちをぶつければいいのか分からない程、優一の頭の中は混乱していたのだ。流石の優一だって直ぐに整理が付く程の回転力だってない。
言葉にしたい事は沢山出てくるのに、どれを先に言えばいいのか、どれが京介にとって分かり易い表現で、答えやすい表現なのか、考えるだけで頭が痛くなる。

それでも出てきた言葉は、やはりこの足の事だった。京介は、兄のその言葉を聞いた瞬間辛そうにしながらも顔を背ける。

「サッカーの勝敗を管理する麾下、フィフスセクター…お前がそんな奴等と関わっていたとは…

そんなのが俺達の好きだったサッカーか!?」

上手くいったら楽しい、失敗したら悔しい、ドリブルで抜きたい、シュートを決めたい。
そんな一つ一つが溢れて、胸の奥が熱くなる。

「サッカーはそういうもんだろ京介?!」

テレビでは、先程のシュートが決まった流れをもう一度流されており、改めて皆が苦戦しているのが伝わってきた。優一の言う理想、いやサッカーの本当の姿が溢れ出してきた。
段々震えていく優一の声。もう、そこからは怒りやら哀しみやらが色々混ざっており、優一自身も押さえ切れなかった。
そして、

ピチャッ…

「兄さん…っ」

手元に落ちてきた一粒の水滴。優一の涙だった。
声どころか、ついに優一は抑えていたものを我慢しきれずに涙として出していた。優一のそんな姿は、生まれこの方初めて見たかもしれない。
小さい頃、自分の母親に聞いた事があった。優一は京介が生まれてくる前はかなりの泣き虫で、直ぐに泣いていた、と。それが、京介が生まれた時、兄として自覚を持ったのか、泣く事を我慢し兄らしく京介と接してきた。
そんな彼が、こんなポロポロと自分の所為で涙を流しているなんて、きっと想像もしなかっただろう。

「お前はサッカーを裏切った。俺達が好きだったサッカーを裏切ったんだ!

出てけっ」
「……っ、」

最後の言葉が異様に小さく聞こえた気がして、京介は何も言えなくなってしまい、そのまま黙って優一の病室を出て行った。
完全に病室のドアが閉まった後、優一は自分の頬を濡らした涙をぬぐい取ってから小さく溜め息を吐いた。

「……」

初めてではない兄弟喧嘩。だが、今回だけは何故か自分の上に何かが重くのしかかってきた気がした。
病室を出た京介もまた、顔を俯かせ、ポケットへと手を突っ込んだ。何気なく突っ込んだそのポケット。入れた瞬間、何かが手に触れた。
カサッと触れた瞬間に聞こえた紙の音に、京介は一瞬だけ指を折り曲げた。そして、触れたのが拾った紙飛行機と分かった京介は、直ぐにそれを取り出す。

「……、」

あのマネージャーが言っていた、悠那の宝物。こんなものが宝物なんてアイツもつくづくバカなんじゃないか、とか思った。
京介は紙飛行機を手に持ちながら、そのまま移動しようとした。
その瞬間だった。目の前に居た人影に気付かず、京介は突っ込んでしまった。

ドンッ!!

そして、その誰かとぶつかった。


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