「じゃあ、また放課後にね!」
『ん、』

朝の練習も無事終わり、部活もやっと部活らしくなり始めていた。自分の思い描いていた、あの部活風景。先輩達からの警戒の目ではない、ちゃんとした先輩の眼差し。それは誰が何といおうと嬉しい事である。嬉しい事なのだ。なのに、やはり何か違う。それが何か、それは剣城の存在。彼には今日、一度も会っていない。やはりフィフスセクターから酷い罰を…?
そんな心中の中、悠那は天馬と信助、葵と廊下で別れた。

『京介…』

ヤダな…朝見かけていないだけなのに、自分はこんなにも彼を心配している。まだ酷い罰をされたと決まっていないというのに。
…彼に、早く会いたいという衝動に駆られてしまう――…
早く、早く…

『はあ…』

何度かの溜め息。ああ、自分にどれだけこんだけ溜められる息があるのだろうかと、情けなくなってしまう。すっかり重くなってしまった足取り。いざ教室に入ろうとしても中々入りにくい。別にクラスに直接なにかあった訳じゃないのに、おかしい話しだ。だけど、このままボーっと教室の前で突っ立っていても邪魔なだけ。もう一度だけ、溜められた息を吐き出して教室へと悠那は足を踏み入れた。その時だった。

「おはよう、谷宮さん!」
『…え、』

教室に一歩だけ足を踏み入れただけだ。それだけなのに、その誰かの言葉によりさっきまでの憂鬱な気分が一気に晴れていった。顔を上げれば、そこにはこちらに向かって微笑みかけている一人の女の子。ああ、この子は確か自分の隣の席に座っていた子だ。だけど、挨拶ぐらいしか話した事がなくて、あまり親しい仲じゃない。なのに、そんな子がわざわざ自分の席から離れて自分に挨拶をしてくるなんて、今までになかった筈だ。

「おお!はよっ谷宮!」

今度は後ろからの声。肩を軽く叩かれ、自然と振り向けばそこには野球帽を被った男の子。このクラスではかなりやんちゃで誰にでもフレンドリーな男の子。確か夢はプロの野球選手だった気がする。フレンドリーとは言ったが、やはりこの男の子とも掃除場所が同じというだけであり、あまり話した事がない。そんな彼が悠那の肩をわざわざ叩き、自分の方へと向かせるなんて。昨日まではなかった。もちろん、今の女の子だって。

「っあ!来た来た!悠那ー!」
『環…これって一体…』

クラスメートの様子がおかしい。とは言っては失礼だが、悠那にとってはかなり異様だ。確かにさっきまではおかしかったのは自分だが。皆昨日までは何も変わっていなかった筈なのに、今日に限って悠那に対しての態度が明らかに違う。そんな異様な空気に、悠那が戸惑っていれば環は暫く考えるも、直ぐにニカッと笑って来た。本当に何なんだ、と目で訴えてみた。

「昨日の試合よ!」
『昨日…?』

昨日と言ったら雷門サッカー部が万能坂中と試合をしていた日だ。次の日に休みが無かったので、まだあまり疲れが取れていない。昨日の試合がどうかしたのだろうかと、考え始めてみればいつの間にか自分の周りにはクラスメートの半分以上が集まり出していた。もう、自分の席がクラスメートの頭で見えなくなってしまった。

「昨日の試合見たよ、悠那ちゃん!」
『…え?』

先程自分に挨拶をしてくれた女の子がそう言ってきた。すると、その近くに居た男の子がその子を無理矢理押しのけて自分に微笑みかけてきた。

「俺も見たぜ!お前化身出すとかすげーじゃん!!」
「あ、あたしも!家族と見ててね!悠那ちゃんがあたしのクラスメートって言ったらスッゴい褒めてたよ!」
「そうそう!最初どうなるかと思ったけどさっ」

あの女の子を始め、次々と昨日の試合の事を話していくクラスメート達。その勢いに、悠那は情けなくも小さく口を開けて唖然となっていた。だけど、ちゃんとその言葉達を左から右に受け流されないように脳内でリピートしていた。誰もがあの試合を見てくれていた。自分達を応援してくれていた。あの試合の時、自分達はもう誰も味方が出来ないと思っていた。でも、でも…ここにもちゃんと味方が居てくれてたんだ。自分達を応援してくれていたクラスメートが。

「ホントにスゴかったわよ!最後逆転してたし!」

環は確か昨日は悠那と同じバスケの試合があったらしいが、わざわざ録画までして応援していたらしい。そんな事しなくてもいいのにな、と思ったけどやはりそれは嬉しかった。だけど、自分は環の試合を見れなかったから、後でちゃんと環に試合の結果を聞こう。ちょっと前まではこのクラスでの友達は環だけだと思っていたが、あの試合があったおかげで、今こうして皆と話せている。

「悠那って携帯持ってたっけ?」
『え?…ああ、昨日知り合いの兄さんが送ってきたのが…』
「貸して?」
『いいけど、どうすんの?』
「メアド交換」

ニカッと白い歯を見せながら、悠那の手元にあった携帯を取り、自分の携帯も取り出す。それを見た他の人達が慌ててポケットから、鞄からと機種や色の違う携帯を取り出していった。

「ズルいぞ平山!」
「へへーん!悠那の友達一号は私なんだから、当たり前でしょー」

関係あんのか?!という男の子に環は当たり前よ!!と、その子の頭に鉄拳を食らわせていた。それを周りで見ていたクラスメート達は笑っていた。いやいや、笑ってる問題じゃないって!とは思うが、今の悠那は歓喜で溢れていていつの間にか悠那も笑っていた。

「何だ何だー?もう朝のH.Rは始まってるぞー」

その光景をいつまでも笑って見ていれば、悠那の後ろからの声。聞き覚えのある声に振り返ってみれば、やはりそこにはこのクラスの担任である女性教師。相変わらずの男口調なので、本当に男と勘違いしてしまう。すると、目の前で喧嘩、というよりじゃれ合いをしていた環とその男の子は直ぐに離れ、お互いに苦笑の表情を浮かばせていた。もちろん、それは見ていたこちらもそうなのだが。

「っあ、せんせーちょっと待ってて!今クラスの皆でメアド交換するから!」
「メアド?」

男の子の足を一度踏みつけ、痛がる男の子を余所に環が先生にそう訴えかけた。そんな真っ正面から聞いて許してくれるのだろうか、と悠那は横目で傍に居る先生を見上げる。せっかく自分の師匠から貰った携帯を没収されたくはない。そんな不安を抱きながら、見ていれば、あの女の子が自分の前に立った。

「私って、入学してからあまり皆と話した事無かったんですけど、昨日の試合を見たおかげで、悠那ちゃんのおかげで、皆と話すきっかけが出来たんです!」
『…!』

つまり、この子が言いたい事は…悠那があの時の試合で頑張ったから、この子の話すきっかけを作ったという事。だけど、正しくはあの試合は天馬や神童、剣城のおかげとも言える。なのに、何故わざわざ悠那のおかげと言ってくれたのだろうか。理由は何であれ、今言われた事がとても嬉しかった。こんな喜びは今までにない喜びだ。
小さい頃はイタリアへ移動した時、英語も話せなくて孤独だった。日本に戻ってきても日本語を忘れてしまって孤独だった。だけど、今はどうだろ?こんなに沢山のクラスメートが自分の周りに居て笑いかけている。
まあ、今の発言で何でメアドを交換をしているか、というのはあまり関係ないとは思われるが。すると、それを聞いた先生は、その子の頭の上に手を乗せて小さく微笑んだ。

「っまあ、たまにはこういうのも良いだろ。ただし、今日だけだからな」

それから、この事は校長などにチクらない事!と、自分達より大人なのに先生は、悪戯をするような笑みを浮かばせてきた。すると、その子は心底嬉しそうに笑い、悠那の方へと顔を向けてきた。

「私!中村薫!宜しくね悠那ちゃん!」
『!…こちらこそ、宜しくねっ』

こちらへと伸ばされていた彼女の手。薫の手を掴み、小さく上下に振った。そんな事をしていれば、いつの間にか朝のH.Rが終わっていた。

「あ…」

聞けなかったや…
騒がしいと言わざるをえないその光景の中、窓際に座っていた少年はただ一人、残念そうに顔を俯かせ、視線を窓から見える風景に向け直した。

…………
………


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