時は刻々と過ぎていき、早くも放課後。学校での最後のチャイムが鳴り終わった途端、生徒達はやっと帰れると大喜びする者も居れば、部活へと慌てて向かう者も居た。もちろん、それは悠那も同じ事で教科書や筆箱などが入った鞄を掴んだ瞬間、教室を出ようとしていた。

「谷宮ー!頑張れよー!」
『え、あ…うん!』

やはりまだ慣れそうになれない。今日一日は本当に部活の所為もあったが少し疲労があった。別に嫌な疲労では無い。ただ、一日に皆を相手にしたものだからかなり疲れを感じる部分がある。今までは環以外と中々話した事がなかった為、殆ど質問だけだった。
そんな悠那が教室を出ようとした途端、とある男子生徒が自分に向けて励ましの声をかけてくれたのだ。あまりの不意打ちで、一瞬だけ戸惑ったが素直に受け取って頷いた。そして、悠那は教室を後にした。

…………
………

「っあ!ユナー!!」
『天馬、信助、葵ー!』

グラウンドへと向かえば、そこには既にユニフォームを着た天馬と信助。そして、二人の隣にはジャージ姿の葵。こちらに気付いたらしく手を振って来てくれた。何故悠那が天馬と一緒に来ていない理由は悠那のクラスが遅くなると知っていたから。もちろんその事は悠那も分かっていたので、今回は何も言わなかった。だが、何故遅くなったのかは知らなかった。

「遅かったね」
『あはは…クラスの皆がね…;』
「そういえば、朝騒がしかったねD組」

天馬が疑問符を浮かばせながら聞けば、悠那は苦笑の顔を浮かばせて頭を掻く。そんな彼女の様子を見た葵が思い出したように悠那に聞いて来た。信助もそういえば、と言わんばかりの表情になった。
だが、葵の言葉を聞いた悠那は突然一人でニヤつき出す。…何か悪いモノでも食べたのかと本気で心配される程気持ち悪かったらしく、三人は一歩だけ悠那から後ずさった。それでも悠那は笑みを止めずに、寧ろ頬が緩みきらせていながら鞄をゴソゴソッとあさり出した。
そして…

『見てこれ!一気にクラスの人達の殆どとメアド交換したのっ』
「「「……はあ?!」」」
『あり?』

悠那は鞄から携帯を取り出し、嬉しそうにしながらアドレス帳を三人に見せてきた。それを見た三人は一瞬呆然とするも、直ぐに珍しい物を見たように驚いた大声を上げた。その光景に悠那は相変わらずその場空気に合わない間抜けな声を上げて、逆に彼等を不思議そうに見ていた。

「ゆ、悠那…いつ携帯買ったの…?」
『あ…いや、昨日秋姉さんがフィディオ兄さんからの贈り物って…』

くれたんだよと、続けようとしたが何故か信助や葵よりも驚いて目を見開かせていた天馬により遮られてしまった。

「何で俺に教えてくれなかったのさ!」
『あ、あれ…天馬って携帯持ってたっけ…』

と、どんどん近付いて来る天馬に圧倒されながら落ち着けと言わんばかりに両手を前に出す悠那。まだ疑問符も付けて聞いてもいないのに、天馬はムキになりながら「持ってるよ!!」と言って来た。これは初耳。自分の記憶が正しければ天馬が自分の携帯を使っている所を見た事が無い気がする。いや、寧ろ持っていた事に驚いたが、そういえば彼は悠那と同じで親元と離れて暮らしているから持っていて当たり前だったかもしれない。持っていない自分てェ…
理由が何であれ、今ので天馬の機嫌がナナメになってしまったのなら、申し訳無い。「ごめん」と謝ってみれば、天馬からは「もういいよ」と言われた。悲しい…

「じ、じゃあ後で交換しましょうよ?」
「あ、僕も良い?」
『うん…』

グスッと鼻を小さく啜れば、葵から「大丈夫よ」と悠那の心境を知ったのかそう小さく耳打ちをされた。ありがとう葵、大好きだ。だが、何故彼は自分に怒ったのかが不明だ。私が何をしたって言うんだ。今の時代になっても中学生が携帯持ってないなんてそんなに珍しいか。寧ろ持っている方が私はビックリだ。
と、逆ギレになりそうになった悠那だった。

「はあ…」

一方、天馬はすっかり気を落としてしまった悠那を見て溜め息を吐いていた。
アドレス帳、初めてメアド交換するの俺が良かったなあ。というか、朝はあんなに剣城の事になったら大人しかったのに、何だこの温度差は…まるで、自分は剣城に嫉妬しているみたいじゃないか。
――…でも、

『よーっし、頑張ろうー!』

天馬の目には葵に何かを言われて直ぐに元気になった単純な悠那のハシャぐ姿。それを見た天馬は直ぐに自分の中に溢れて来ていた訳の分からない感情が吹き飛ばされたようにすっかり無くなってしまった。
ユナ、嬉しそうにしてるからいっか。

――そんなキミにいつも引っ張られている俺は、気まぐれな風が引っ張って来たそよ風。

…………
………

そろそろ部活が本格的に始まるな、と思った矢先に一年生の後から二年生、三年生と集まってきた。皆の顔付きが昨日の試合から変わっていた。今まで本当に生きているのか、と思う位にサッカーをやってる時は思った。だが、今は違う。皆が皆、真剣にサッカーと向き合っている顔。つまり、ちゃんと選手として生きているみたいだった。
昨日の試合で皆が変わったのなら、京介だって。そう思い、グラウンドを隅々まで見渡してみるが居ない。なら、階段の上は…と見上げてみるがやはり居ない。

『……』

本当に、あの試合だけだったのだろう。悠那は顔を俯かせて神童の言う練習メニューを聞いていた。

「悠那!僕と同じディフェンスだね!」
『…え』

なんて嘘を言ってみたり。実は聞いてると思わせて何も聞いていませんでした。今の練習メニューを左から右へと受け流していました。だから、今信助に同じディフェンスだね!と言われても数秒の瞬間までは「っえ、私DFなんだけど…」となっていた。口に出そうになったが、信助に不思議そうな顔をされた為、直ぐに状況が把握出来た。ああ、失敗したな、なんて思いながら「何でもない!」と誤魔化し、信助の小さな背中をグイグイッと押して行った。

神童の練習メニューはOFの天馬、神童、倉間、浜野、速水をDFである天城、信助、車田、悠那が止めに入るという練習。つまりOFは悠那達の後ろにあるゴールにシュートするという事。もちろんゴール前には三国がゴールを守る為に居た。

「行くぞ!」
「「「はいっ」」」

神童の掛け声と共にそれぞれが走り出した。つまり、練習が開始されたのだ。それを見た瞬間、車田と天城が直ぐ構え出した。

「浜野!」

神童の正確なパスを受け取った浜野。少しドリブルをしてから直ぐに速水に回していく。そして、そのまま速水は十分な距離になった時にゴールへとシュートをしたが、守りに来ていた天城にカットされてしまった。

「…!」

図体が大きいながらも軽快に動いている天城。そんな姿に天城の後ろに居た信助は驚きの表情を浮かばせていた。天城の腹から跳ね返ってきたボールを天馬が拾うが、車田の迫力に押されてしまい、その隙にボールは別の方向に蹴られてしまった。

「何て迫力だ…」
「天城先輩も車田先輩もスゴい…!僕も頑張らなきゃ!!」
『そうだねっ』

信助の尊敬の混じった言葉に、悠那は信助に返す訳でもなく小さく呟いて先に走り出した信助の後を追うように悠那も走り出した。そして、ボールは倉間に渡った。

「いくぞ!!」
「…!」

信助も先輩のように、とボールが渡った倉間へと突っ込んで行くが、やはり雷門のFWなのだろう。一瞬の隙も与えずに、倉間は信助を抜き去った。それを見た信助は驚きの表情を隠せずに動きを止めてしまった。そんな彼に倉間は当然だと言わんばかりにそのままこちらへと走って来ていた。

『私が…!』
「(簡単に止められてたまるかよ!!)」
『あ、あれ…殺気があ…』

何でだろー…と分かっていてもそう思いたくなる今日この頃。目を前にやればいかにも今から化身出しますオーラを全身から放っている倉間の姿が。そして、極め付きには目つきがいつもより鋭く見えた。いや、いつもより鋭い。しかも片目なのに右目だけでも感じられる威圧感。あれ、何でだろ…倉間先輩の後ろから赤い鬼みたいな物まで見えてきた。

「谷宮―――!!!!」
『(ひいっ!?)』

倉間が悠那に向かってそう叫んだ時、悠那はあまりの怖さに倉間からボールを奪うどころか、マークする事も出来なかった。何故彼にあれだけ睨まれなければならなかったのだろうか。理由は直ぐに分かった。練習の時に二度くらい彼からボールを奪っており、今朝からかった所為でもある。その仕打ちが今来たのだろう。あの顔といい気迫といい、かなり怖かった。止められなかった倉間を見てみれば、彼はとても清々しそうに笑っていた。め、珍しい…

「何やってんだ!」
『い、いやあの…すみません…』

倉間先輩が怖かったとも言えず、悠那は今注意をしてきた車田に頭を下げて謝った。皆、苦笑であった。



prevnext


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -