小さくなっていく剣城の背中。その背中は試合中、自分一人だけで戦っていたあの小さな背中より、大きく見えた。彼は仲間になった訳じゃないと言っていたが、やはりあの時のパスは信頼の証だったに違いない。

そういえば、彼はまだ覚えているのだろうか…私が先程言った「やっと一緒にサッカーが出来た」の意味は、勿論言葉通りの意味だがこれのもう一つの意味は京介と私の約束の意味でもあった。いや、もう…覚えてないに決まっている。だって、彼は…自分のサッカーを捨ててまで優一さんを助けようとしたんだから。私の事なんて…
彼は、覚えているだろうか…あの紙飛行機を…

「悠那、」
『…あ、何ですか?』
「化身、出せたな」

「…!」

試合に勝ったのに、化身を出せたのに、点を入れたのに、そんな事を考えると何故だか嬉しくなくなってしまう。そんな中、神童が悠那へと話しかけて来た。悠那は今思っていた事を悟られまいと普通な振る舞い、神童を見上げる。確かに化身は自分の中に居た。そしてそのアドバイスをくれたのは紛れもない神童と剣城。二人のお陰で化身が出せたもの。だから二人には感謝していた。
だが、神童がその事を言った瞬間、傍で聞いていた天馬はビクッと肩を小さく揺らした。

剣城だけじゃなくて、キャプテンもユナの化身知ってたんだ。なのに、俺…何故、剣城より一番近かった筈の俺が知らなかったんだろう…

『…天馬?』
「……」
『…?』

神童とのやり取りが終わったので悠那はボーっとしている天馬に呼び掛けた。が、天馬からの反応が無い…何かあったのかと、また声を掛けてみようとした…が、

「うりゃっ!!」
『ぐえっ!!』

出そうとしていた声が蛙みたいな声になって出て来た。理由は何故か水鳥にいきなり首を腕で苦しめられたからだ。下手したら私、殺されるんじゃない?!ってくらいだった。水鳥に首を絞められながら、ベンチに座らされる悠那。

『み、水鳥先輩?いや水鳥さん?』
「見せろ」
『はい?』

見せろって…何を見せれば…
一人でそう思っていれば、水鳥先輩は私の背中を自分に見えるようにユニフォームを捲ってきた。勿論、水鳥先輩の後ろには神童先輩達も居る訳で、

「「「Σ!?」」」
『み、みみ水鳥様?!』
「…酷え痣」
『…え?』

捲られたユニフォーム。だが水鳥はユニフォームどころか下に着ていたタンクトップも捲りだし、悠那の背中が丸見えだった。皆が自分の背中を見て固まる中、水鳥だけは悠那の背中見るなり、顔を険しくしていった。その意味が、神童達もどういう事だったのか分かったらしく、直ぐに顔を険しくした。

『…?』
「女子相手に、ふつーここまでするかよ…」
「ユナ、痛くない…?」

葵も心配そうに訪ねて来る程だ。皆に背中を向けたまだった悠那は未だに状況が分かっておらず、頭には?マークが飛んでいる。

「背中、肘でやられたろ?その後が付いてんだよ」
『…うそ、』

うひゃー…と、訳の分からない声を出す悠那。意外にも薄い反応に一同は緊迫感を無くしてしまい、呆気に捕らわれた。コイツはどこまでマイペースな奴なんだと、そんな事を思っていれば背中に冷たい物が貼られた。

『Σつめた?!』
「これで冷やして治せ!!」

ひんやりとする背中から湿布の独特な匂いがしてくる。その匂いで自分の背中に湿布が貼られた事を理解した。消毒よりはまだマシだったが、やはりこの匂いは好きになれそうにない。冷たさも徐々に増して行く。湿布を貼った水鳥は満足そうに笑い、捲っていたタンクトップとユニフォームを下ろした。

『せめて合図して下さいよ…』

心臓止まるかと思いましたよ…
そう言えばじゃあ心臓にも貼るか?と聞かれたので遠慮します…と返した。

…………
………

『いったた…』

ジャージへと着替えた悠那は一人、スポーツバッグを持ちながら、背中を触れる所までさする。

『水鳥先輩は手加減を知らないんじゃない…?』

そう思いながら歩いていれば、不意にベンチの方から人影が座っているように見えた。

『(…あれ、)』

天馬…?

その私の声が聞こえたのか、天馬は私の方を向いて来た。振り返って来た天馬の顔は一瞬暗そうにしていたものの、直ぐに引きつった笑みを見せて来た。

「あ、ユナ…」
『…帰らないの?』

皆帰ったよ?と言えば、天馬は力無く頷いた。
…天馬?

『…どうしたの?』
「あ、いや…ちょっと…」
『悩み事?』

そう聞けば、天馬は顔を俯かせる。それを見て、悠那は静かに天馬の隣に腰をかけた。そして天馬の顔をそっと横目で見てみればやはり天馬は浮かない顔をしていた。何故こんな顔をしているのだろうか。数秒数えてみたが、やはり話しかけなければ分からないので、ここは女として聞こうと思う。あ、女とか関係ないか。

『話、聞くけど』
「……あのさ、」
『うん、』

天馬は少しだけ躊躇いながらも悠那に話し始めた。

ユナが化身使える事を何で俺が知らなかったのか…どうしてユナの為になれなかったのか…

『…あー』
「ユナ、俺ってそんなに頼りないかな…?」
『天馬…』

…そっか、天馬は自分に頼ってほしかったんだね。

『…分かった、』
「…え、」

何が?と天馬が言おうとする前に、悠那が先に口を開いていた。

『よーするに、何かあったら、直ぐ天馬に報告すれば良いんだよね?』
「え、や…ユナ?」

俺は、頼って欲しいってだけで…って同じ意味か…
一人でそんな事を考えてれば、俺の目の前にユナの小指が見えた。あまりの近さに後ずさってしまう。

『私も出来るだけ言う。天馬にさ、』
「…ユナ?」
『人間、さ…やっぱり誰か支えになる人がいなきゃダメなんだよ。だからさ、』

私にも頼ってね。

バカだなあ、ユナは…
俺はいつもユナに頼ってばっかりなんだよ…?

『約束しよ』
「約束?」
『っそ、約束』

お互い何かあったら、報告する。悩み事なども可。ただし無理強いはしない。
ユナは笑いながらそう言う。あぁ、俺…やっぱりこの笑顔好きだな…
そう思いながら、俺も小指を出し、ユナの小指と絡ませた。ユナの小指、冷たいなあ…
体温が凄く伝わって来る。

『ゆーびきーりげーんまーん、嘘吐いたら針千本のーます。指切った!!』

まるで小学校低学年みたいな約束の仕方に少しだけ吹きそうになった。でも、そんなユナが可愛く見えて仕方が無い。そういえば、自分達も小学三年の時にやった覚えがある気がする。その懐かしさに思わず自分の頬が緩んだ気がした。

「ユナ」
『ん?』
「帰ろっか!信助達待ってるし」
『そうだねっ』

そう言って、また俺に笑顔を見せてくれるユナ。
この笑顔がずっと、俺の物になってくれれば良いのにな…

…………
………

「準優勝進出おめでとう。これは私からのお祝いよ。“ストロベリーロイヤルトリプルケーキ”!!」
「「「うわあ…!!」」」
「美味しそう…!!」

あの後、葵と信助と交流した悠那達は木枯らし荘に集まっていた。そして、夕飯を食べた後には悠那達の目の前には苺をふんだんに使ったホールケーキが姿を現した。あまりの豪華でキレイなケーキに、先程食べたばかりだというのに、小腹が空いてしまった。

「あ、俺これもーらい!!」

悠那に話した天馬はもうすっかりと元気になっていた。そう言った天馬は他のより少し大きいであろう苺を一つ掴み、一口で食べてしまう。

「あぁ!!その苺あたしも狙ってたのにぃ!!」
「じゃあこっち!!」
『っあ!それは私!!』

ギャーギャーと、早くも苺争奪戦(大きい物狙い)が始まりそうな雰囲気。だが、それを止めたのは紛れもない秋。皆が落ち着いた所で今日の事を振り返ってみた。

「それがホントにスゴかったんですよ!!“ダッシュトレイン”って汽車みたいに突っ込んで行って…車田先輩って偉そうにしてるだけかと思ったら、あんな必殺技持ってるなんて超ビックリ!!」
「それを言うなら天城先輩だって“ビバ!万里の長城”ってあのシードの攻撃防いでさ!!なぁ信助!!」
「必殺技か…」
『信助?』
「うえ!?あぁ、何でもないよ!!」
『…?』

そう言えば、信助…必殺技持ってないんだっけ…私も化身が無かったら必殺技持ってない…
化身…

「でも一番凄かったのってユナだよね!」
「うんうん!化身出したんだもんねっ」
『え、や、あれは…』
「良いなあ、化身!!」
『……』

実感が出来ない。寧ろ化身を出した事により体力が思ってた以上に削られた事。少しだけ、苦しかった。だけどその苦しさを直ぐに忘れてしまった。だけど、こんなに清々しいのはやはり、試合に勝てた喜びと、仲間が一つになったからに違いないんだろうな。悠那はそんな事を思いながらお皿に乗せられたケーキにフォークを突き刺した。

こんな調子で祝勝会は行われた。

…………
………

「「「ご馳走様でした!!」」」
「スゴく美味しかったです!!」
「またいらっしゃいね。大勢で食べるのは楽しいわ」

秋は笑顔で葵と信助にそう言った。その言葉を聞いた二人は嬉しそうに返事を元気よく返した。

「よーっし、今度も勝って秋姉にご馳走作って貰うんだ!!」
『食い意地はりすぎだし』
「ユナだってそー思うだろ?」
『思う』
「即答…」

葵はそんな食い意地を張る二人を呆れながら見れば、天馬と悠那は恥ずかしそうに頬を掻いた。

「信助、ユナ。頑張ろうな!!」
「…うん!!」
『うん!』

天馬のその言葉に悠那と信助は戸惑う事なく、元気よく返事をした。

「じゃあまた明日!!」
「バイバーイ!!」

こうして祝勝会は終わり、葵と信助はそれぞれ自分の家へと帰って行った。

…………
………

「っあ、悠那ちゃん」
『ん?』

祝勝会がお開きになり、悠那が風呂から上がれば秋が小さなダンボールを抱えながら悠那を呼んできた。そのダンボールに全く見覚えがなく、悠那は髪を拭きながら見ていた。

『どうしたの?そのダンボール…』
「フィディオ君からよ」
『フィディオ兄さんから…?』

タオルを濡れた頭に乗せながら秋が持つダンボールを預かった。そして、ビリリっとガムテープを剥がし、中を開ける。そして、中から出て来たのは…

『…携帯?』

白い機械みたいな物が出て来た。どこからどう見ても今時の中学生もが持つ携帯。しかも新品で傷一つもない。画面もキレイで指紋なんて軽く付いてしまった。防水じゃなかったら困るので、一回その携帯を机に置きタオルで手を拭き取った。

「私がフィディオ君にも連絡したら、嬉しそうにそれを贈る!って言ってたの」

多分、それでいつでも連絡しろって意味じゃないかな?と秋は付け足した。悠那は手を拭いた後そっと携帯を机から取り、改めて眺めた。

『ありがとう…フィディオ兄さん…』

悠那はそう呟き、携帯を優しく握り締めた。




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