シュートが決まった今、電光掲示板には雷門側へとプラス一点を付け足して同点になった。試合はそのまま盛り上がって行き、自分達に反撃のチャンスを与えて来た。シュートを決めた剣城は、息切れをした後に表情を戻し、そのままゴールに背を向けてこちらへと戻って来ようとしていた。そんな彼に悠那は急いで近付いて行った。そして放った言葉は、

『京介!やっぱ京介は負けず嫌いだねっ』

何とも言った自分でさえ可笑しくて笑えて来る言葉だった。それもそうだが、あまりにもその負けず嫌いという言葉が十分に合っていて自分上手くね?と内心拍手を送っていた。そんな彼女に剣城は少しだけ目を横にやって、片眉を下げて呆れるように見てきた。

「他に言う言葉は無えのかよ」
『え?あ、かっこよかったよ』
「…うっせ」
『…?』

あー言えばこー言う。
呆れるように言う剣城に、悠那はうーん、と軽く考える素振りを見せた後、ニカッと笑って見せて来た。それに一瞬だけ呆気に捕らわれたが、直ぐに視線を外しそう小さく吐き捨てた。言い方を変えた悠那は何故そんな事を言われたのか分からずに、ただ疑問符を浮かべるだけだった。ただ、今言わなきゃいけない事は分かっている。

『ありがとう…信じてくれて』
「っ!」

先程の神童へとパス。確かに剣城は自分達を仲間と意識してはいないかもしれない。だけど、あの時のパスは少しだけ、ほんの少しだけ信じてくれたからこそ出来たものだ。悠那はそれだけ言うと、自分の陣地に戻ろうとする。

――パシッ…

『…京介?』
「待て」

戻ろうとすれば、腕を剣城に掴まれ、歩くのが止まる悠那。振り返れば自分の手首を掴む自分より色白い手、視線を上げれば真剣な顔をした手首を掴む手と同じ色をした剣城の顔。ちょっと前までは自分を軽蔑するような、怪訝そうな目で見られていたのに、今ではそれが無かったかのように向けて来ていたので、少しだけ違和感。いや、決して自分がMとかそんなんじゃなくて。

「…耳貸せ」
『…え?うん…』

訳が分からないまま、悠那は足を止め、剣城を見上げる。すると次には剣城の顔が近付いて来た。それを黙って聞くように視線を落とせば、剣城は何か耳打ちをした。
そして、剣城の口から出てきた一つ一つの言葉に悠那は伏せていた目線を上げて、目をこれでもかというくらいかに見開いていた。それと同時に溢れてくる不安。まるで、無理だ無理だと暗示をかけられているみたいだ。

『…でも!』
「それしかお前の化身を出すのは不可能だ」
『…分かった、やってみる、』

彼の口からはまさかの自分の化身についてが出てきたのだ。正直、京介の口から私の中に居る化身が出るなんて思わなかった。いや、本人はもう分かっていたのかもしれない。だが、それと同時に私がその化身が出せない事も知っていた。
次は、万能坂からの攻撃。きっと磯崎と光良で来るのだろう。

『勝とうね』
「ふん、」

悠那のその言葉に剣城は当然と言わんばかりに表情が少しだけ柔らかくなった。それを見た悠那は負けじとニカッと笑って返した。車田達のやる気も前半よりある。後半も残り僅か。

『大丈夫、自分の力を…』

京介を信じよう。
悠那はそう呟き、胸の前で小さく拳を作り、今でも真っ青な空を見上げた。今日は、晴天だ。

試合開始され、ボールが雷門に渡った。

「キャプテン!」

天馬が神童にパスを出すが、直ぐに潮がマークに付いた。負けるつもりは無いのは相手も同じ。後少しで後半も終わる。出来るならここでけりを着けたい。
だが、DFに隙がなくなってきたのは流石万能坂。

「剣城!」

神童が剣城にパスを回すも、磯崎がしっかりとマークに付いた。

「…っ、ユナ!」
『!…』

剣城がボールを守りながら悠那の愛称を呼んだ。どうやら、何かやるのだろう。悠那が居る位置はDFなので、雷門ゴールから少し離れた場所。つまり剣城とは全く逆方向だった。

『大丈夫…!』
「しくるんじゃねーぞ!ユナ!

うおおぉぉぉっ!!」

悠那の覚悟を決めた目を見た剣城はそう大声で言い、片手を振り払い、背後に黒い気を集め出した。
化身…

「“剣聖ランスロット”!!」

「おぉーっと剣城!またもや化身を繰り出した!!化身シュートかあ!?」

―ドクンッ!

『…っ』

剣城の化身を見るなり、どんどんと悠那の鼓動が早く出せと言わんばかりに脈打った。それが、今まで気持ち悪くって嫌な気分だったのに、意味が分かった瞬間に心地良くも感じられるようになれた。嬉しい、皆が繋がって一つになれて、嬉しいんだ。

「“ロストエンジェル”!!」

――だから、

『…!!』

だから、今度は私が…
剣城はこれでもか、と言うくらいの渾身の“ロストエンジェル”を相手のゴールではなく、悠那に目掛けて放った。それに驚くのは万能坂と雷門の両方。
中には「血迷ったか」と呟き声も聞こえてきた。

「あぁーっと!?どーいう事だあー?!残り時間僅か!剣城が谷宮に向かって“ロストエンジェル”だあぁぁぁー!!」

『……』

集中しろ…
拓人先輩が教えてくれた事を思い出すんだ。

――勝ちたいと思った…

勝ちたい…!
京介と一緒に…仲間と一緒に…!!勝ち抜いて、本当のサッカーをするんだ!!

―お前の化身は他の化身の必殺技により蘇る。

―だから、俺がランスロットの必殺技をお前目掛けて蹴る。

モヤッ…

「…!」

一瞬…悠那から黒い気が見えた。もしかして、あれが悠那の化身…?
神童がそう確信したその時だった。

『はぁぁああっ!!』

悠那は意識を気に集中させながら、剣城の放ったロストエンジェルに向かって走り出した。
チャンスは一回。
失敗は許されない。

「何をするつもりだ…!?」
『(勝ちたい!!)』

戸惑いの声を上げる神童を傍に、掛け声と共に、両手を思いっ切り振り落とした悠那。それと同時に悠那の背後に漂っていた気が徐々に大きくなっていき、靄へとなっていく。
そして、靄の中から人の形に等しい悠那の“化身”が現れ出した。

「「「!!」」」
「…っ!」
『…“大空聖チエロ”!!』

目が見えないよう、鉄製で出来た目隠し。口角は優しく微笑んでおり、背中には天使のようなクリスタルで出来た翼。
“大空聖チエロ”
初めて出したのに、名前が直ぐに分かった。

『“ウーラノス”!!』

悠那は更に意識を集中させ、剣城が放った“ロストエンジェル”をそのまま打ち返した。
ボールに纏っていた気は一瞬にして吸い込まれ、悠那に打ち返された事により、先程より威力が増していき、そのままゴールへと勢いよく向かっていく。
誰も触れる事が出来ずに、あっという間にDFラインへ。

「なっ…!?」
「…!」
「なんっ」

「し、信じられない!信じられない事が起こりました!剣城の化身、ランスロットの必殺技を谷宮の化身で打ち返したあぁぁ――!!」

放たれたボールの後にボールは炎のように燃えていた筈なのに後ろから道標のようになっていた線には氷のような柱がたっていた。磯崎も近付こうとするが、勢いのありすぎるそのシュートは簡単に止められず、直ぐに真横を通過して行った。

「っ!?篠山!!」

止める事が出来なかった磯崎。後は、もうシードである篠山に託すしかなくなってしまった。

「な、何だこれっ!?」

しかし篠山も当然驚いていた。そう悠那が化身を持っている事は天河原中を通して知ってはいた。だが、

――使えるなんて知らない。

「っ!!“機械兵ガレウス”!!」

それでもキーパーの、シードの最後の意地で止めようと、苦しいながらも化身を出した。化身には化身。しかも相手は化身を初めて出した身だ。そう簡単に負ける筈がないのだ。そう感じていたのかもしれないが、様子がおかしい事に直ぐ気付いた。

「な、何だ…!?」
「…これは、」

放たれたシュートを止めようと腕を前に出せば、触れた部分からどんどんと、ガレウスの盾が凍っていくのが分かった。いや、正しくは凍らされていたの方が合っているが。

「(…なるほど)」

敵の必殺技を吸収し、自分の力と合わせて放つ必殺技なのか。

「(…ふん)」

何ともまあ、アイツらしい必殺技だ。まるで何もかも包み込んでいく大空みたいな化身。

『はああぁぁぁ!!』

悠那の叫び声と共に、ガレウスを完全に凍らせてしまい、篠山ごとゴールに突き刺して行った。

「……」
「は、いった…」

ピ―――ッ!!

少し遅れて、ホイッスルが高らかに鳴り響いた。一瞬、ギャラリーが静まり返った気がしたが、電光展示版には点が追加された事により再び声援が響き渡った。

「ご、ご、ご…ゴォォォール!!!!」

更に遅れた角馬の叫びと共に会場は盛り上がっていき、遅れてホイッスルの試合終了を知らせる長い音が耳をよく通った。

「ここで試合終了のホイッスルーっ!!2ー3!!雷門の押し出し勝利だぁーっ!!」

それと共に悠那に出された化身は徐々に姿を消していく。肩を激しく上下に揺らしながら呼吸する悠那。自分が予想していた通りよりかなり体力を使う事に、若干焦っていた。

「そ、そんなバカな…」

まさかの試合の結果に夜桜と磯崎は地に膝を着いていた。シードである自分達が、裏切った奴に負け、化身を初めて出した奴に負けてしまった。それがどれだけの屈辱か。だが、そんな心情は誰一人として分からなかった。



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