「くっ」

滞空時間は後僅か。
悠那が地面に足を付ける直ぐ前に、剣城は悠那の体を自らの体をぶつけだし、悠那を突き飛ばした。
突き飛ばされた悠那はいきなりの事で訳が分からなかったが、ただそのぶつけられた痛みから伝わった剣城の必死さに驚かざるを得なかった。

『(京介…?!)』

ギリギリ受け身を取り、地面に上手く転がり込む悠那。そして、衝撃が来た肩を抑える。痛い。だけど、ボールで当てられたあの痛みより痛くない。決して痛みに慣れたからではない。上手く言葉に出来ないが、ボールに当てられた時より、暖かく感じられたんだ。

「ユナ!?」
「何しやがる!」

剣城の思わぬ行動に、雷門どころか万能坂も驚愕の表情をしていた。唖然としていた磯崎。状況をやっと理解した磯崎の言葉に、剣城は答えなかった。

「これがお前達の潰し方か、やり過ぎじゃないのか」
『(…京介、)』

答えはしなかったが、剣城は磯崎に質問返しにして言ってきた。今の言葉からは何故か分からないが怒りを感じた気がした。
だけど言い切れるのは今、確かに彼は悠那の事を庇った。その事実は変わりない。だが、磯崎は剣城が何故今キレているのか、分からなかった。

「…何の事だ」
「分かってる筈だ!今のスライディングが決まっていれば、こいつの足は確実に潰れていた!」
「だったらどうした」

やり方は何であれ、剣城も自分達と同じやり方でサッカーをしてきたのだ。今まで、剣城はサッカーで人を傷付け、サッカーを支配して来たんだ。
つまり、磯崎達のやってきた事は今までの剣城のやってきた事なのだ。

「ユナっ」

二人がそんな会話をしている中、天馬は顔を真っ青にしながら悠那に駆け寄って来た。天馬は悠那の肩に手を置き、悠那の表情を覗き込み、無事かどうかを確かめる。

『…あ、うん…私は大丈夫…京介が庇ってくれたから』
「剣城が…」

「あんな奴等!二度とサッカーが出来ない様な体になれば良いんだよ!!」
『!』

天馬に大丈夫だと伝えた後からの磯崎のその言葉に、悠那は思わず肩を震わせた。勿論今のは天馬も伝わっており、悠那の顔を覗き込んだ。すると、悠那の目はこれでもかという位見開いており、焦点が合っていない。顔色もどんどん悪くなっている気がしていた。

――女がサッカーするなよ

自分をまるで厄介者のように見下げる男の子。ぶっちゃけ怒鳴ってくれた方がまだ良かったのに、静かにそして低く言われると自分に恐怖を与えて来るものがある。
嫌な過去の記憶が蘇って来てしまった。

「っ!!」

一方剣城の脳裏には再び優一が浮かんできていた。

――京介、

サッカーが出来ない足になってしまった自分の兄。
足を自由に動かせずに、手でボールを取るしかない兄の姿。何度その姿を見て自分を何度恨もうと思った事か。いつの間にか作られていた拳は悔しさで感覚が無くなるんじゃないかと思うくらい固く握られていた。そして眉間には跡が残りそうなくらいの皺。

「磯崎、貴様…本気で言ってるのか!?」

これが剣城の怒り。
その台詞は剣城の兄と同じようにするという意味。それが、どれだけ剣城にとってトラウマとも言えるものか。しかもそれを堂々とコイツは掘り返してきた。

「剣城?」
『…天馬、京介は味方だよ』
「え?」

悠那の言う事は分かっていなかったのか、首を傾げる天馬。だが、それは剣城の次の行動により、何となく理解出来た。
二人がそんな事を話していれば、剣城は奪ったボールを持ち、シュート体制に入った。

「“デスソード”!!」

藍色のオーラを纏った剣城の必殺技は相手に隙を与えずに万能坂中のゴールへと突き刺さり、ゴールネットを大きく揺らした。そして、いつの間にか電光掲示板には雷門側へ一点を入れた。同点。

「ゴール!!な、何と剣城が、谷宮のミスを帳消しにする同点ゴールだぁぁ!!」

剣城の行動に敵は愚か、味方の全員まで目を見開いてかなり驚いていた。

ピッピッピ―――ッ!!

ここで前半終了を告げるホイッスルが鳴り響き出した。得点は1ー1。
どちらとも剣城が入れた点数。どんどん頭が付いて行かなくなり、試合の先が見えなくなっていた。

「何が、起こったんだ?」

余りの展開に付いて行けなくなってしまった三国はゴールから何があったのか分からず、頭の中が混乱していた。それでも分かるのは剣城はこちらにゴールを決めないで万能坂のゴールへと点数を入れた、という事。そして、悠那をあのスライディングから助けた事だ。

『きょ…すけ…』

悠那と神童は一歩一歩剣城に歩み寄って行く。

「剣城…お前、サッカーを潰すんじゃなかったのか…?」

剣城はシード。フィフスセクターの支配下で雷門に送られてきた自分達の敵。勿論、サッカーを潰す為に働いているようなものだ。それなのに、何故剣城は悠那を庇い、点数を入れたのだろう。それこそフィフスセクターに逆らっているようなものだ。神童がそう聞けば、剣城の口から驚きの言葉が返ってきた。

「潰すさ。こんな腐ったサッカー…俺がこの手でぶっ潰す!!」
「剣城……

…!もしかして、」

監督は、こうなる事が分かってて…
神童はハッと何かに気付いたかのようにベンチに座る円堂へと顔を向ける。円堂がニコリと笑う中、その言葉を聞いた悠那は嬉しそうに微笑みだした。
屁理屈っぽいが、彼らしい発言。

『京介…!』

悠那は嬉しさで剣城に思いっ切り抱き付いた。勢いがあった所為か、少しだけよろめいてしまったが、それでも剣城が倒れる事はなかったのでちゃんと体制を整えられた。

「!?」
『ありがとう…!庇ってくれて…!』
「…離せよ、」

あまりの行為に剣城は驚きの表情を見せたが、悠那のお礼の言葉を聞いた途端、直ぐに平然を保った。離せ、と抱き付かれた本人はそう言うが、何故か自分からは離さなかった。それを感じてか、悠那とは言うと、今にも泣きそうなくらいの声で剣城の名前を何度も呼び、自分から離れないようにユニフォームを掴んでいた。
剣城の力なら普通にそれは離せられる程度だが、久し振りの幼馴染みの感覚、お互いの昔から変わらない匂い、全てが愛おしく感じていた。
だけどここで抱き締め返さないのは、人前だからという事と恥ずかしさがあったから。

「つ、剣城!」

その光景を暫く見た天馬もまた気まずいながらも剣城の元まで走って来た。

「ありがとう」

俺達を助けてくれて、ありがとう。そのお礼の言葉に剣城は少し驚き気味に天馬の方を顔だけだが向けた。

「?」

しかし天馬はそれを逆に不思議そうな顔で剣城を見返してきた。表情からして今のは無意識でなのか、それとも本当に言ったのか、或いは気にしていないのか。

「……離れろバカ」
『あたっ』

どれにせよ、今まで敵視していた奴等に何でこんなにお礼を言われたのか…これも悠那の言っていた“二人の単純”なのだろう。そこで納得をした剣城はとりあえず、いつまでも抱き付いている悠那にデコピンを食らわせ、離れさせた。

『(戻って来てくれた…)』

仕方なく離れた悠那。デコピンが地味に痛すぎて若干涙目だが、これは現実だと思わざるを得ない証拠だった。
まだ完全じゃないけど、今目の前に居る京介は確実に自分の知る剣城京介に近付いて来ている。
それが嬉しくて、口元が緩くなったのを感じた。

…………
………


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