雷門からのキックオフ。
試合が始まる前に倉間は神童に何やら言ってきた。
まあ、表情的に何を言いたいか分かるが。

「神童、諦めるんなら今だぜ。今なら指示通り1ー0で負ける事が出来る」
「いや、俺は決めたんだ。ホーリーロードで優勝して、本当のサッカーを取り戻す!」

誰が何と言おうと、今になって変える事など出来やしない。それは倉間達もそうだし、神童達だってそうだ。そして、剣城も。

「(っ、そんな事させるかよ)」

しかしお互いに決めたならそれを通すまで。倉間も自分のサッカーを守る。そう決めていたんだ。

ホイッスルが鳴る前に、神童は天馬にアイコンタクトを出した。天馬はそれを見て迷いなく頷いた。頷いた天馬を見た神童は次に悠那の方を見た。悠那は視線に気付いたのか、小さく微笑んできた。
あの笑顔の意味がどういう事か分からないが。

ピ―――ッ!!

「雷門のキックオフで試合再開です!」

神童は倉間からのボールを受け取ると直ぐに天馬へとパスを出した。

「天馬!」
「何っ!?」

倉間は再びその行動に驚いた。先程警告したばかりなのに、やはり神童の芯はかなり強いのか何の迷いの無いパス回しだった。
天馬はそのままボールを持ち込んだ。悠那もまたそれに続き、走り出した。

「おい谷宮!」
『……』

勘だけど、嫌な予感しかしない。天馬一人だけじゃ、危ない。天馬を信用してない訳じゃない。ただ単に心配になっただけ。

「……」

一人で走り去って行く#ne2#を天城は黙って見送った。万能坂の一人が天馬からボールを奪いに向かってきた。

「貰ったあ!」
「“そよかぜステップ”!」

しかし天馬はそれには怯まず自分の必殺技で相手を交わしてあっさりと抜き去った。

「よしっ」
『天馬!前!!』

悠那の声も遅く、天馬は一瞬の油断でフォローに入っていた磯崎にボールを奪われてしまった。

「あっ!」

天馬がそれに呆気を取られていれば、ボールを奪った万能坂は上がって行く。白都がサイドを走って浜野を見た。

「白都!」

磯崎が白都にパスを出す。しかしボールは勢いよくカーブしていき、二人の間に立っていた浜野を狙うかのように向かって行った。

「えっ」

余りにも真っ正面過ぎるミスに一瞬たじろいでしまう浜野。ボールは勢いよく文字通り浜野の真っ正面に襲い掛かって行った。

『このっ!!』

勢いよく浜野の前に突っ込んで行くボール。だが、当たる手前に誰かが自分の前に現れてボールを蹴った。声的に誰だか分かる。自分より小さくて、自分より高い声。短い髪を風に揺らして小さく靡かせるのは紛れも無い悠那。

「何?!」
「おわっ!?」

「これは凄い!コースを外したボールが浜野を襲ったが、それを谷宮が押し出したあ―――っ!!」
「ちっ」

『……』

舌打ちをした万能坂のキャプテン。不機嫌そうにこちらを見て眉間に皺を寄せる所を見ると、狙っていたかのような態度をぶつけてきた。
狙っていた?まさか…
そんな疑いを持ちながら悠那は視線を送るのを止めた。ボールは浜野の代わりに悠那が当たった為、外に出てしまい万能坂中からとなった。

「浜野!」

思わず尻餅をついた浜野に悠那は心配しながら手を差し出した。ボールに当たってないとは言え、尻餅をつかれたので心配だ。心配そうな顔をしながら浜野に手を出せば、浜野は数回瞬きした後に直ぐ悠那の手を取り、立ち上がった。

「あー、ごめん。あんまり正面だったからついカットしそこねっちゃってさ…」

そう苦笑いをしながら言う浜野。仲間にパスをする為のボールだと思ったから、自分には来ないと思っていた。だが、これは何だろうか?さっきのボールは何だったのだろうか?仲間の方に行こうとしていたボールが、軌道を変えて自分に襲いかかって来たじゃないか。それを自分より先に察した悠那は自分を庇い、代わりにボールを蹴ってくれた。

「それにしても、今のボール…」
「単なるパスには思えない威力だド」

当たっていたら痛いでは済まされなかっただろう。
悠那もこの体で感じていた。あれは間違いなく浜野に当てようとしていた。自然と、悠那の目線が磯崎に行っていた。別に睨んでる訳じゃない。もしかしたら偶然だと思う。ただ自分の思考がわざとしにか見えなかっただけ。それに審判が何か言わない以上、こちらも何も言えない。まあ、その機会を潰したのが自分だが。
悠那がそんな事を考えている中、霧野はふと、悠那に目を向けた。

「(そういえば、こいつ此処まで走って来たのか?)」

確かあの時悠那は天馬の後ろに付いていた筈だ。
ボールを取られたのと同時に切り返し、あのスピードのボールを外に蹴り出すにはどれほどの運動量がいると思っているのだろうか。

「まさか、な」

偶然に決まっている。グラウンド三週でへばってる奴だ。元々あんまり走ってなかっただけだ。いや、それともアイツは実力があるけど気付いてないだけなのか…?
霧野はそんな疑問を次々と浮かべてみるが、どうにも分からなくなってきていた。そんな霧野の内心の中、神童と天馬は磯崎の方を見ていた。

「惜しかったね」
「なーに、次は決めるさ」

万能坂中のキャプテン磯崎に夜桜がそう言い、磯崎はまた怪しい笑みを浮かばせる。そこで、神童達の視線に気付いたのか、わざとらしい笑みを作ってこちらに送ってきた。わざとなのか、それとも無意識でしてきたのか。

「!(まさか、アイツ等…)」

その笑みが自分に送られていると分かった神童は、直ぐに二人の笑った理由を見つけ出した。だが、それは次の試合開始のホイッスルにかき消されてしまい、そのまま試合開始。スローインは万能坂からとなった。

「(絶対に渡すもんか!)」

相手は手でボールを持ちながら味方にパスを出そうと周りをキョロキョロしている。万能坂の人達の近くに居た天馬は自分にそう言い聞かせるようにそのボールを誰に回すかを見極めようとしていた。神童もまた神経を尖らせる。

『……』

私が、上手くカバーしなきゃ…

逆崎はパスする相手を決めたのか、あまりカバーの入っていない潮にパスを回した。

「毒島!」
「させるかーっ!!」

パスが回った潮。更に味方へとパスを出そうとする潮に天馬がさせまいと走って来てマークに付こうとした。だが、それを見た潮はニヤリと怪しく口角を上げ、次の瞬間パスのタイミングを遅らせた。

『天馬危ない!!』

しまった、しっかりと天馬を見てれば良かった…!
出遅れてしまった悠那は直ぐに天馬の元に走るが、このままでは間に合わない。自分の声を走りながら上げてみるが、届いていなかったのか天馬は聞き返すどころか振り向きもしない。もう一度、強く声を上げれば間に合うだろうか、と必死に走ってみるが、潮は次のステップへと行っていた。

「(1、2…3っ!)」

潮はわざとタイミングを遅らせ、次の瞬間には天馬にわざとボールをぶつけた。これはギャラリーから見ればタイミングが悪かったとしか写らないだろう。

「うわあっ!!」
「「「!!!!」」」
『天馬!』

地面と衝突してしまった天馬。思い切りお腹に当たったボール。天馬はその場へと転がり痛そうに顔を歪めてお腹を両手で抑えていた。しかしボールはまだ生きており、潮へときっちり渡ってしまい、そのまま味方へとパスされてしまう。

『天馬!』

直ぐに駆け寄り、天馬に呼びかける悠那。
だが痛みがかなりあったのか、天馬はお腹を抑えながら苦しそうに唸る。その姿を見ると先程のボールにどれだけの力があったのかが直ぐに分かった気がする。潮のキック力は剣城よりきっとマシな方だとは思うが、あんな間近に食らったら誰でも痛いに決まっている。

「(極限まで引き付けてダメージを最大限にしたか)」

これなら例え蹴りの低い人でも強い蹴りになり、威力を増したボールはより強い威力になる。まあ、蹴りの弱い奴なんてここには居ないがな。
剣城は怪しい笑みを浮かばせて、地面でまだ腹を抑える天馬を見下すように見た。だが、今のを見て神童も悠那も大きく確信を持てた気がした。

「(今の動き、間違いない…!)皆気を付けろ!アイツ等は俺達を潰すつもりだ!

あの時みたいにっ…」

「潰す!?」

あの時、と言われてしまえば、誰もが思い出すのはあの苦々しい思い出となった黒の騎士団との戦い。
正直あのまま続行していればどうなっていたか分からない。笑える事に癒えた筈のあの時の傷が思い出される事に疼きだす。

「「「っ!?!?」」」

それぞれにはあの時の記憶が蘇る。腹にボールを当てられた人は腹が痛くなり、背中にボールを当てられた人は背中が痛くなる。思わず背筋が一気に凍り出したように感じられてしまった。

「それであんなキックを!?」

剣城のオウンゴールも、浜野を狙ったあのパスも、天馬に当てたパスも…全ては雷門を潰す為の演技。

「フッ、今頃気付いても遅いけどな」
「ふん」

それを聞いた悠那は天馬から離れ、ボールを追い始める。演劇っていうのは、観客者からの拍手を浴びて幕を閉じた時に終わるものだ。
この演技が始まったばかりなら、観客者の歓声と一礼で終わるのと同じ。なら、一刻も早くこの演技を終わらせなければ。

また怪我人が出てしまう…!

『このおっ!!』

パスを受け取って上がり出している毒島に何とか隣まで追い付いた。そこまでは良かった。隣まで近付いてボールを奪おうとするが、

「っは、ごくろーさんっ!」
『(しまっ…!)』

毒島は悠那の背中を肘で思いっ切りぶつけてきた。言われて悠那も漸く自分が危ないというのが、分かり直ぐに離れようとしたがそれは遅かったらしく、気付けば自分は地面とご挨拶。

『っ!?』

いきなり背中に衝撃。
声を出すのを忘れる程の痛みがぶつけられた部分から伝わり、悠那は転んでしまった。

「ユナ!!」

「これは危険な行為だ!イエローカードかあ?!」

そうに決まってる…
そう思って頭を少しだけ上げて審判を見てみるが、

「ノーホイッスルだー!!」

審判はちゃんと毒島を見て走っている。だがそれが自分が倒れた後に来たのか、最初から居たのかが分からない。

「えぇ?!」
『…マジかあ、』

「審判!どこ見てんだよ!反則だろ今の!」

あまりの行為に水鳥は怒りをあらわに声を上げるが、隣に座っていた葵は驚き過ぎて逆に冷静になっていた。

「審判から見えないよう、味方が隠したのね…っ」

どんな荒いプレーでも審判が見えさえしていなければ笛を吹かれる事は無い。審判からの死角で攻撃すれば吹かれる事は無い。外野が何と言おうが。
まるで天河原中の時みたいだ。

『卑怯者…!』

霞みだそうとしている視界の中で、走って行く万能坂中の毒島を見ながら吐き捨てるように言った。



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