――私がそんな事させない

今更な事だと思うけど、今でもやり直しが出来るんだったら、私はそのチャンスを潰したくない。
だから――…

「っな?!」
「えぇ!?」
「悠那!?」

この場に居た誰もが驚いた。正確には実況にも驚いた。悠那が失敗してオウンゴールをした様な実況。いや、実際に事実。だが、剣城のあのパスは明らかに雷門のゴールに入れようとした。ボールにもかなり勢いがあった。誰にも追い付けなかった不意打ちパス。しかし、悠那は殆ど余裕でそのボールに追いついている。
にも関わらず、悠那はミスをした。しかも軌道を変え、更にボールの勢いを増したのだ。

「何なんだアイツは…!?」
「えぇぇ…」
「マジかよ…」

悠那の実力からして今のミスはそれ程かも分からない。寧ろ実力は天馬とどっこいどっこいか、天馬より少し上だから。つまり自分達二年生や三年生とは比べ物にならない。なら尚更だ。だからこそ悠那を知っている人なら誰もが何故?とそう思っていた。

「何してるのさ悠那…!」
「本当に、もう…!」

ベンチにいた信助も葵もかなり驚いていた。葵なんて呆れるように声を上げていたので、少なくとも悠那の実力を分かっている。

「おい、悠那!?」
「(アイツ…!?)」

神童も勿論、剣城もかなり焦ったように目を見開かせていた。
そんな二人の様子にも、悠那は真っ直ぐ剣城を見たまま、何も言わずにただニッコリと笑った。その笑みはただ単に口角を上げただけ。まるで自分は同情されているみたいだ。
そして悠那は、神童に向き直った。

『…すみません拓人先輩』

悠那は先程のオウンゴールを自分の失敗だと言わんばかりに言い、謝ってきた。確かに、会場から見れば誰もが悠那の失敗だと思うだろう。だから謝るのも当然だし、謝られるのも当然だ。
なのに、疑問を感じるのはおかしいだろうか…?

「そういう問題じゃないだろ!?お前――」

何でわざと…
そこまで言った神童、だが自分でも分からなくなってきた。確かに今のは悠那のミスだ。仕方の無い事。自分で見ててもそう見えた。なのに、何故自分は悠那はワザとゴールしたと思ったのだろうか…?

『かえします』

神童の言葉は自分自身の疑問により続かなかった。そんな神童を知ってか知らずか、悠那はそう一言だけ言い自分のポジションに戻って行く。

「…ユナ」

何であんな事をしたんだろ…?
天馬はそれが口に出せなかった。だがそれ以前に天馬もまた何故自分がそう思ったのかが分からなかった。

『(三国先輩…)』

悠那はポジションへ戻る際、そっと三国を見ながらごめんなさい、と内心謝りながら戻った。三国も当然驚いた顔をしていた。悠那のシュートは何度も受けた事はあるが、この強さは味わった事の無い。
周りからは普通のシュートに見えていたかもしれない。だけど、三国は見た。回転をしているボールが微妙に左右に動いて最終的には自分とは違う方向に向かったのだ。不意に見えたボールを蹴った悠那の顔は笑ってもいなければ、無表情でもなかった。
だけど、今悠那の方を見てみれば

――悠那は今までに無い位痛々しく笑っていた。

「何なんだよアイツっ!!」

悠那の行為の意味がさっぱり分からずに倉間は苛立っていた。顔は歪んでおり悠那を睨み付ける倉間。こちらまでピリピリとした怒りが伝わってきて蛇に睨まれる蛙の気持ちも分かってきた気がする。

「わ、訳が分からなくなってきました…」
「何でアイツがあんな事…」
「ちゅーか今のわざとなん…?」

速水、車田、浜野も、当然の事ながら驚いおりお互いに顔を見合わせている。
雷門の誰もが、ミスだと分かっていても、わざとにしか見えなかった。寧ろ何故他の人がわざとじゃないのか、と疑問に思えてきてしまった。
それは剣城も同じだったらしく、神童から離れた悠那に近付いて行った。

「おいユナ!テメェどういうつもりだ!!」

あからさまに怒りの表情が出ている剣城。自分の後ろで怒鳴る剣城に、悠那は肩を揺らすどころか特に怯む事無くそのまま振り返ってきた。振り返って来た悠那の表情は昨日見たあの笑顔より、あの勇ましい顔よりずっと弱々しい表情だった。

『やだなあ、ミスっただけじゃん』
「っ…ふざけやがって

…!」

こいつ…もしかして…

――私がそんな事させない

「ユナ、どうして…」

天馬と同じくらいにサッカーが大好きな彼女の行動が未だに信じられないと、葵は目を見開いており、手に持っていた悠那用のタオルを強く握り締めていた。

「円堂さん!あれってどういう事ですか!?何かあったんですか…?」

どう考えてもおかしい。
確かにミスのようだが、どうしてもどこか受け入れる事が出来ない春奈。あのフィディオの弟子である悠那。小さな頃からサッカー好きで一途な悠那が自分のチームのゴールにオウンゴールをするような失態をしない子だった。

「……」

春奈の言葉を聞いた円堂は黙って悠那の様子を見ていた。いや、そもそも何も無ければ絶対にあんな事はしない。となると何かあったに違いない。

「悠那ちゃん、辛そう」

ポツリ、とベンチに座っていた茜は自分のカメラを持ちながら悠那を見ながら心配そうに呟いた。

「「「え?」」」

その茜の言葉にマネージャー陣と信助、春奈は悠那を見てみるが、そのようには見えない。寧ろ平気そうな顔にしか見えない。だが、どこか様子がおかしいというのは春奈自身も分かっていた。

「……」

「何だ、アイツはお前の味方なのか?」
「……違えよ」
「そうか、まあまあ良い仕事したじゃねぇかあの女。だが、さっきのは脅かしっこ無しだぜ」

結果的に万能坂に点が入ったから良いが、と付け足して言った。当たり前の事を言われたというのは分かっていた。だが、それを聞いた剣城は腑に落ちなさそうな表情をしながら否定をした。間違ってはいない、ただ気に食わなかっただけだ。

「……」

剣城は横目に悠那を睨み付けた。ポジションへと戻って行く悠那。その姿を見るなり気に食わなく、眉間に皺が寄ってくるのが分かる。

「ま、ここから後は俺達がやる。楽しみは分かち合わないとな」

磯崎にも悠那の意図は分からないが、これ以上自分達が点を入れる事もないし手間が省けた程度にしか思っていないだろう。磯崎以外の万能坂の面々も同じような事を思っていた。

「…ふん、面白い…見せてもらおうか、お前達に雷門を潰せるか」

ユナが何を考えてるかは知らねぇが、結果的には何も変わらない。剣城が入れようとしたパスと言う名のシュートを悠那がトラップミスでオウンゴールしただけの事だ。磯崎はニィッと悪人面のように笑った。


天馬は心配そうに悠那を見る。さっきから悠那が何を考えているのかさっぱり分からなかった。いつもは自分の事のように分かるのに、今回は全く分からなかった。結果的には悠那がゴールを入れてしまったが、それでもあくまで元々あれは剣城が蹴ったモノだ。味方達にはその印象が強く残っていた。

「剣城は敵、味方の中に敵が居るって事か…

じゃあ、谷宮は…?」
「剣城がああ出る事は見えてたけどな」

動揺は隠せないが、一同の中で剣城は既に“敵”になったのだ。

――それでも悠那がまだ完全に信用を失っていないのは、あの言動と真剣な顔。つまり、悠那の普段からの行動のお陰かもしれない。
最初はあんなに警戒していたにも、今では不思議と全くそんな事は無い。だが、周りはどうだろうか?オウンゴールを見てまた敵視されているんじゃないだろうか…?

「(どうして監督は、剣城を試合に…)」

剣城の実力は十分に理解している。しかしこれなら信助が出る方が圧倒的にマシだ。こんな行為はわざわざ味方を減らす様な真似をしているだけだ。
今でも分からない、円堂の言う剣城を試合に出す事で勝てるなんて。
円堂は何も言わずにフィールドに立つ選手を見ていた。



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