葉樹と獄寺と雲雀
「お前が須藤葉樹か?」
学校へ行く途中。
不意に葉樹は自分の名前を呼ぶ声に振り返った。
『そうだけど…』
焦点を名前をよんだらしい人物に目を向ければ、不機嫌そうな面持ちで制服のポケットに両手を突っ込み、睨みつけるような目で葉樹を見ていた。
「………やっぱ、理解できねえ」
『はい?』
名前を呼ばれたと思ったら、二言目にはこれだ。
そもそも、自分は彼と当たり障りのない日常会話以外したことがない。
確か、同じクラスの………と、葉樹は先日転校してきた帰国子女のフルネームを記憶の引き出しから探り出す。
『確か、獄寺隼人くんだっけ?』
「ああ」
素っ気無い肯定。
葉樹は名前が間違っていなかったことにほっと胸を撫で下ろす。
そして、目の前の彼が不機嫌な理由を探し始めた。
…うん、何もない、はずなんだけど。
『あの、どうしたの?』
何も言わずにただ睨みつけられて、戸惑う葉樹。
早めに家は出てきたものの、このまま無言を続ければ間違いなく遅刻するだろう。
困ったなあと眉を潜める葉樹に、獄寺が不機嫌さを隠す様子もなく口を開いた。
「俺は、喩えリボーンさんの見定めでも認めねえからな」
『え、あ、はい?』
「っち」
『(えー!?なんであたし舌打ちされてんの!?)』
彼の機嫌を損ねるようなことをしたつもりはない。
話したこともそんなにないのだから、思いたる節があるはずもない。
そもそもりぼーんだなんて名前の人の存在すら知らない。
日本人、じゃないよねきっと。それか所謂キラキラネームってやつ……?
葉樹がリボーン、なんて名前に心当たりがないのは仕方の無いことである。
それもそのはず、獄寺が納得いっていないのは、昨日不意にリボーンから告げられた突拍子もない台詞だからだ。
「今日山中美香ってヤツを見た。アイツは使えそうだぞ。それに、俺の勘では須藤葉樹ってヤツもだ。てことで獄寺、明日須藤葉樹に接触してこい」
「え、ちょ…リボーンさん!?」
「俺は美香のほうにツナと接触するからな。そっちは頼んだぞ。」
彼の驚いた声を聞こえないフリをして悠々と過ぎ去るリボーン。
そこで、獄寺は仕方なく接触を試みたのだ。
その結果、目の前の少女はなんの変哲もない何処にでもいそうな存在。
ボンゴレ第一の彼が不機嫌になるのも、事情を知っている者ならわからなくはなかった。
(そう、それこそ彼の敬愛するボンゴレX世などはいやがおうにも納得するだろう)
そんな、(獄寺の一方的な不機嫌で)不穏な空気の間を、黒い影が遮る。
「君たち、いつまでそこでボーッとしてるつもり?遅刻でもしそうものなら……
咬み殺すよ」
「っ、ヒバリ!!!」
面倒なヤツに面倒なタイミングで出会ったと、獄寺は顔を顰める。
男女関係なしの雲雀が、問答無用で振りかざしたトンファーは……
「「!?」」
葉樹に当たることはなかった。
「(コイツ、ヒバリの攻撃を避けた!?)」
「…へえ、」
面白そうに口角を上げる雲雀。
しかし当の本人は、地面から何かを拾い上げた。
『はい、これ獄寺くんのでしょ?ライター落としてた、よ……って雲雀センパイ!?な、なんでトンファー装備してるんですか!?』
どうやら、“たまたま”地面に落ちた獄寺のライターを拾ったらしい。
「お、おう、さんきゅ(なんだ、偶然か…ったく、驚かせるんじゃねーよ)」
『じゃ、学校遅れると風紀委員が怖いんでお先に失礼しますね、雲雀センパイ。獄寺くんもまた教室で!』
ふわりと、柔らかな笑みを浮かべて葉樹は学校へとむかう。
「やっぱリボーンさんの期待外れ、だな」
そう確信して、獄寺も学校へと向かう。
だが、此処に何かを見抜いた男が一人。
「ふうん…須藤葉樹ね……」
しゃがんだときに落としたのであろう彼女の生徒手帳を拾い上げ、雲雀恭弥はそれは愉しそうに口元を歪め、もう既に曲がり角へと消えてしまった彼女の進行方向へと視線を這わす。
そう、まるで新しい玩具を見つけた子供のような、嬉々とした悪戯っぽい笑みを浮かべて。
獄寺は知らない。本当は葉樹の意志で攻撃を避けたことを。
葉樹は知らない。雲雀に嘘が見破られていることを。
雲雀は知らない。そんな彼らのやりとりを見ていた赤ん坊が、口角を上げニヒルに笑みを浮かべていたことを。
なるべく平凡な学園生活を!そんな彼女の願いが崩壊するまで、あと少し・