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「わーっ、なまえ久しぶりっ!」
「みんな元気してた〜?」
「なまえと私はこないだ遊んだばっかだもんね〜」

 あの日、練習を終えて家に帰って飯食って風呂入って、全てがひと段落着いた時。ちらり泳がした視線の端で、携帯が光った気がした。思わず携帯を手に取って今度はじっと見つめると一瞬だけランプが青色に光る。その光を見た俺は思わず目を見開いて勢い良く携帯を開いてメールボックスを開く。そこには数分前の時刻を表示した未開封のメールが届いており、差出人の欄に“みょうじ”と他のメールの差出人と同じ人物の名前が記されており、手に力が入ったのが分かった。

 夏休みに入って暫くは1日中バレーが出来る事に満足していた。充実感も感じていたが、何週間かするとみょうじの顔がちらつくようになった。みょうじは夏休み中勉強をすると言っていた。その事にほんの少し安心する気持ちが湧いたが、その後に言った“友達と出掛ける”と言った言葉にはハッキリとした焦燥感を感じた。その気持ちが何なのかはその後みょうじの口から出た“宿題”というワードに掻き消されてしまったがあの時感じた焦燥感は夏休みに入ってから直ぐにまた俺を襲った。

 みょうじは今何をしているのか、勉強は進んでいるのか、友達というのは女子だけなのか? そんな疑問が頭の中でとめどなく湧き上がってくるが、それを聞こうにもどんな文章にしたら良いかが分からなくて、夏休みに入ってからは1回もメールを送る事が出来ずにいた。そんな風にもどかしい日々を過ごしていた矢先にみょうじからのメールが届いた時はバレーで満足のいくセットアップが決まった時のような高揚感を覚えた。

 内容はクラス会の誘いであった。本来なら、春高一次予選を通過し、10月に行われる代表決定戦に向けて更に練習をする必要があるこの大切な時期にクラス会などに参加している暇など無いと思うが、どうしても気になる事があった。その疑問をみょうじへと投げかけると直ぐにその疑問の答えが返ってくる。そのみょうじからの答えで、俺の中に浮かんでいた考えは180度方向を変えて、参加の旨を伝えた。

 そして迎えたその日が今日だ。

 何週間かぶりに会うクラスメイトは俺からしてみればそんなに代わり映えはしていない。だけど、周りの奴らは「焼けた?」だの「なんか雰囲気違うくない?」だのと数週間の隙間を埋めるように盛り上がる。
 やはりこんな会話に付き合うくらいなら、バレーをしていた方がマシだ。そう思いを改めていると遠くで女子の会話が聞こえてくる。その会話に一瞬だけ意識をやり、また直ぐに脳内でバレーに関する考え事へと意識を向けようとした時、数週間の間聞かなかった柔らかい声音が鼓膜を刺激して、一気に意識がそちらへと引っ張られる。

「わーっ、なまえ久しぶりっ!」
「みんな元気してた〜?」
「なまえと私はこないだ遊んだばっかだもんね〜」

 そんな会話を周りの女子と楽しそうに繰り広げるみょうじを見た時、周りの奴らが言っていた言葉の意味を理解する。
 それ程までに数週間ぶりに見るみょうじは違って見えた。制服姿ではなく、ワンピースに身を包み、髪の毛を低い位置で丸めているみょうじは学校の姿よりも大人っぽく見えた。その姿を直視する事が出来ず、思わず目を逸らす。久々に会えた事と、その普段とは違うみょうじの姿に心臓がバクバクと音を立てて、自身の中に沸きあがって来た感情を知らせる。

「んじゃ、そろそろ行くか!」

 主催者の1人である男子生徒の掛け声によって予約してあるバイキングレストランへと足を向けて歩き出す。歩き出した人の群れの間を縫ってもう1度だけみょうじの方へと視線を向けるがみょうじの顔は見れなくて、頭をガシガシと掻いて皆の後をついてく。折角来たのに、なんでみょうじと喋れねぇんだ。と不満そう歩く俺の事をみょうじが見ていた事に、俺は気がつかなかった。



「おっ、それどこにあった? うまそーっ!」
「向こうのテーブルにあったよ」
「私ソフトクリーム取ってくる!」
「えっ、まじ? 早くない?」
「私サラダ取って来るわ!」

 久々に集まって暫くすると教室に居るときとあまり変わらない雰囲気が漂ってくる。あぁ、懐かしいなぁ。そんな事を思って、数週間ぶりに味わうクラスの雰囲気に思わず頬が緩んでしまうけれど、1つだけまだ味わえていない懐かしさがある。
 その懐かしさの根源を視線の先で捕らえるけれど、影山くんの周りにはたくさんの人で溢れているから、近付こうにも近付けなくて、もどかしい。

 集合場所に着いて直ぐに影山くんの姿を見つけて、話しかけようと思ったけど、続々と集まってくるクラスメイトに声をかけられ、話していると結局影山くんと話す事が出来ずにお店へと到着してしまった。
 どうにか話す事が出来ないかと移動中に影山くんを見てみたけれど、影山くんはスタスタと足早に歩いて行ってしまって、結局今の今まで話す事が出来ずじまいだ。久々に影山くんの寝顔以外の表情を見る事が出来てるのに、全然話せてない。皆と仲良くしてる事が嬉しいけど、なんかやっぱりちょっとだけ複雑な気分になる。



 ご飯も時間が来てこれで終わりかと思ったのも束の間で、「次カラオケ行こうぜ!」という声に皆が賛同し、誰も帰る人が居らず、結局会場がレストランからカラオケに変わっただけで、結局ここに来た意味を俺は見出せずにいた。

 近くに居るのに話す事が出来ないなら、それこそここに来ないで練習をしていれば良かった。そんな思考が巡り始めた時、近くに座る男子の会話を左耳が拾う。

「なぁ、今日のみょうじなんか雰囲気違うくね?」
「思った! なんつーか、大人っぽいっつーか」
「可愛い、よな」
「分かるっ! 教室だと普通だったのによ、なんか……みょうじ良いよな」
「俺、狙おっかな……」

 その会話に俺の話題は無い。それなのに、その話題は俺にとって重要なモノで。みょうじの事を良いという奴らが居る。しかもそれは1人だけでなく、何人もの男子が同じような内容を口にしている。色恋とかは正直どうでも良い。やりたいヤツがやれば良い。
 でも、みょうじだけはダメだ。みょうじに対してそういう感情を持たれる事に苛立ちと焦りを感じる。そしてその思考のままにみょうじが誰かの隣で照れくさそうに笑ったり、幸せそうに笑ったりする姿を思い浮かべて、そこで思考を強制的にシャットダウンさせる。
そして、その思考から逃れるように部屋を出ると、入れ違いで部屋に入ろうとしていたみょうじと鉢合う。

「あっ、か、げやまくん。ジュース取りに行くの? ここ邪魔だね。ごめん」

 上目がちに目が合って直ぐに照れくれ臭そうに前髪を触りながら入り口から退くみょうじを見ていると居ても立っても居られなかった。

「えっ、影山くん!?」

 その衝動に身を任せて掴んだみょうじの左手の奥から慌てたような声がするけれど、俺は気にせず前を向いて歩いた。この気持ちが何なのか、それが分かった今、俺はそのもどかしさにはきちんと名前があったのだと、みょうじの手を掴む俺の左手の熱を感じながらずんずんと前を向いて歩き続けた。
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