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「影山くんっ、」

 親にカラオケに行く事になった事を報告する為に外に出て、戻ろうとした時に影山くんとドアの所で遭遇した。その日初めて目線が合った影山くんはネイビーアッシュの瞳をしていて、あぁ、影山くんの眼だ。なんて事を思うけれど、夏休み中ずっと待ち望んだ瞳が、影山くんが目の前に居る事実がなんとなく照れくさくて、目線を逸らしながらも出口を開けると、影山くんは1歩、部屋から足を踏み出す。そしてそのまま私の左手首を掴んであろう事かそのままカラオケを飛び出してしまう。

 その行為に驚いて何度か影山くんの名前を呼んでみるけれど、影山くんは反応してくれない。そのまま影山くんに引っ張られるがまま歩いていたけれど、慣れないサンダルを履いていたせいで、歩く事に足が限界を迎える。助けを請うように影山くんの名前をもう1度呼ぶとようやく立ち止まってくれる。

「あっ……」

 手をパッと離して振り返る影山くんはやってしまったと言いたげな表情を浮かべていて、「すまんっ!!」と腰を90度に曲げて、謝罪の言葉を口にする。そんな姿に私はぎょっとして「だ、大丈夫だよっ! 顔あげてっ!」と影山くんを促す。何度かそんな言葉をかけていると、気まずそうに頬を掻きながらようやく顔をあげてくれた。

「悪い……足、大丈夫か?」

 そういって私の足を気遣うように視線を落とす影山くんにもう1度「大丈夫だよ」と答えて、私たちが公園に居る事に気付く。

「せっかくだから、少し座って休もっか。ちょっとだけ歩き疲れちゃった」
「……悪ぃ」

 何度も申し訳無さそうに謝る影山くんの姿にほんの少しだけ笑いがこみ上げてくる。

「あははっ、本当に大丈夫だから。あそこのベンチ行こう」
「……うス」

 今度は前後を交代させて私が前を歩く。その数歩後ろを影山くんはしょぼくれたようについて来る。その姿がイタズラをした犬のようで可愛いな、と思う。

「あっ、影山くん。春高予選突破おめでとう。グループトークすっごく盛り上がってたよ!」
「そうか」
「影山くんもスマホだったらグループに入れるんだけどね」
「別に、良い。……それよりも、足痛めてねぇか?」
「うん。ヘーキ。慣れないサンダルだったから、歩くの疲れちゃったけど、影山くん、ちゃんと歩くスピード調整してくれたから」
「……今日みょうじ、雰囲気違うよな」

 まじまじと見つめる視線に固まってしまう。影山くんに会えると分かった途端、服装には迷った。迷いに迷って、決めたコーディネートは前日までこれで良いのかと悩んだ。当日の今日は髪の毛をアレンジした後も本当にこれで良いのか悩んだ。だけど、待ち合わせの時間が近付くにつれて、影山くんは服装なんて気付きもしないだろう、なんて失礼な結論に行き着いて、待ち合わせ場所に行った。そして、今。ようやく影山くんと数週間ぶりに話す事が出来ている状況で影山くんからそんな言葉を投げかけられて、一気に汗が出てくる。

「へ、変かなっ!? 普段ジーンズばっかだからさー、たまーにしか着ないワンピース着るの勇気要ったんだけど……その……」

 言い訳がましい言葉を並べ立てる私の言葉を無視して、影山くんは「可愛い」と端的な言葉を発して私を黙らせる。

「か、かかかっかっ……」
「可愛いと思う」
「なっ……!」

 影山くんに少しでも良く見てもらえるようにと悩みぬいた服装を褒めてもらえて、嬉しい事に違いは無いんだけれど、“可愛い”というワードが飛び出してくるとは思わなくて、思考が止まる。

「俺、変な事言ったか?」
「へ、変じゃないけど……。そんな、ハッキリ言われると……恥ずかしい、というか……」
「昔、演劇会で月役をやった事がある」

 空に浮かぶ月を見つめて言葉を吐き出す影山くんに視線を向けてつられるように私も月へと視線を移す。

「良いなぁ。私はそんな大役貰ったことないや。格好良いね」
「だろ?」

 そう言って隣で鼻を鳴らす影山くんの表情は見なくても分かる。どやりとした表情が簡単に想像出来て、思わず笑みが零れる。

「今日、集合場所でみょうじを見た時、可愛いと思った。月役をした時と同じような感覚だった。今日見た時だけじゃねぇ。夏休みに入ってみょうじと会えない時は寂しいと思ったし、久々に会えて嬉しいとも思った。そんで、今日、周りの奴らがみょうじの事を良いと言っているの聞いて、俺は焦ったんだ。誰かにみょうじが取られると思うと、居ても立ってもいられなくなって、みょうじを連れてここに来ちまった」
「えっ、か、影山くんっ、あのっ、」

 影山くんから発せられる言葉の数々に顔に熱が集まるのが分かる。そして急にそんな事を言い出した影山くんの方を向くと、影山くんも私の方を見ていて、もう1度目線が合う。その瞳はいつもと違って、熱を持っていて、その瞳に見つめられると頭が真っ白になる。

「こういう感情になった事が初めてだから、良く分かんねぇけど。これを多分、“好き”って言うんだと思う……ます」

 ふわふわとしつつも、ハッキリと伝えてくれる影山くんの言葉は真っ白だった頭の中を華やかにしてくれる。この気持ちがなんなのかって言われると私も良くは分からないけれど、ハッキリいえる事はそうやって気持ちを真っ直ぐに伝えてくれる影山くんの言葉を嬉しいと思うという事だ。

「ふふ、なんで敬語なの。……この気持ちは正解とか不正解とか無いから、私が答えを教える事は出来ないけど。……私も、多分影山くんと同じ感情だから……一緒に悩んでも良いかな?」
「……よろしくお願いします」
「こちらこそ」
「ねぇ、クラス会。抜け出しちゃったけど……どうする?」
「……あ」
「さっきから結構通知は来てるんだけど……」
「戻る、か……?」
「……もうちょっとだけ。ここに居ない?」
「うス!」
「影山くん。……私もね、夏休み影山くんに会えなくて寂しかったんだ。……影山くんは夏休み何してたの?」
「日向とのセットアップがうまくいくようになって――……」

 影山くんが楽しそうに話す姿を見て私も嬉しくなる。この感情を多分“好き”っていうんだろうな。この気持ちに自信が持てるようになった時は、影山くんに伝えよう。それまでは2人で悩んでいこうね、影山くん。

 私達の恋の種は芽吹いたばかりだ。
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