07

 6月3日。週の始まりである月曜日はなんとなく体が重たい。これから始まる5日間を前にようやく1歩を踏み出したに過ぎない月曜日の朝の教室は、いつもよりもどんよりとした空気を孕んでいる。
 しかし、私の隣から流れてくる空気はそんな気だるいというような空気じゃなくて、そこだけ気圧が違うんじゃないかってくらいの重たい空気が流れている。その空気の発信源である影山くんを見つめてみるけど、影山くん本人は真っ直ぐと黒板を見つめているだけで、決して怒っているワケではない。
 それでも、今日の影山くんはいつもよりも話しかけにくい。まるで入学したてのあの頃に戻ってしまったような、いや。今の影山くんはそれ以上に近寄り難い。

 だけど、前と違うのは理由は無いけど近寄り難いというワケじゃなくって、今の影山くんは理由がハッキリとしている。
 影山くんが全てを捧げていると言ってもいいくらい打ち込んでいるバレーで、大きな試合が土曜と日曜で行われていた。観に行こうかとも思ったけど、ルールも良く分かっていない私がバレーと真剣に向き合っている影山くんの事を応援なんて出来ないんじゃないかって思ってしまって、足が向かなかった。それでも結果は友達を通して伝わってきていたので、3回戦で当たった青葉城西に負けた事も聞いていた。

 その事を知っているから、今、影山くんが暗い理由も分かる。何か声をかけてあげたいけれど、気休め程度の慰めなんて、失礼になる気がする。こんな時に私は影山くんの事を支える事が出来ないなんて、とヘコんだまま影山くんの隣で静かに勉強の準備へと取りかかる。



 結局、なんて声をかけたら良いのか分からないまま4限目も終わってしまった。教室にいる間何も話す事が出来ないまま過ごしたままの今は、朝よりも私の気持ちは暗く沈んでしまっている。何か私に出来る事は無いだろうか……。

 皆がぞろぞろと去っていく体育館でぼんやりと考えていると体育館にはいつの間にか私と影山くんだけになっていて、さっきまでシューズの音が鳴り響いていた体育館がしん、と静まり返る。

「……」
「……」

 お昼休みになった学校は生徒の笑い声や話し声で彩られる。そんな空間から切り離されたように佇むここは私と影山くんの2人しか居ない。

「影山くん……あの」
「……?」
「その……ごめん、私、バレーの事良く分からないから何にも声かけてあげられなくて……」

 意を決して口に出した言葉は謝罪の言葉で。その言葉を聞いた影山くんは不可解そうな顔でこちらを見つめる。

「なんでみょうじが謝んだ?」
「えーっと……その……影山くんの事励ましてあげたいっていうか、支えたいのに……うまく出来ないから。……なんか、もどかしくって」

 自分の気持ちを自分自身で確認するように言葉をたどたどしく告げると影山くんはこの日初めて口角をあげてくれる。

「そうか。……みょうじはどうしようもないくらい悔しい気持ちが湧いてきた時、どうすんだ?」
「えっ? うーん……」

 唐突に問われ、その質問を自分の中に落とし込んで考える。そんな私を影山くんはじっと見つめて私の答えを待っている。

「気が済むまでその事に向き合う、かな?」
「……むきあう、」
「悔しいって思うのはやりきれてない、不完全燃焼の気持ちがあるからだと思うから。それを燃焼させれるまで、とことんその事に向き合うかな」

 あくまでも私だったら、のハナシだけど。と付け足すと「あざス」とペコリと頭を下げてお礼を言う影山くん。影山くんにとって、私の言葉がプラスになってくれたら良いなぁ。なんて思いながら影山くんをちらりと見つめてみると、影山くんの周りにあった重たい空気が少しだけ、軽くなった気がする。

「俺、このまま体育館に居る事にする」
「うん。分かった」
「悔しいって気持ちにも、バレーにも向き合ってみる」
「うん!」

 倉庫へとボールを取りに行く影山くんを見て、私も教室に戻る事にする。体育館から出る時に、もう1度さっきの影山くんの表情を思い浮かべる。バレーに真っ直ぐで、向き合う事に迷いが無いあの瞳は吸い込まれそうなくらい力強くて。私はあの表情を浮かべている影山くんは誰よりも格好良いと思う。だから、またあの表情が戻って来たことが私は嬉しい。

 私の気持ちも軽くなっていくのを感じながら渡り廊下を歩いていると、全速力で体育館へと走って行く日向くんとすれ違う。日向くんは私に気が付いていなかったけど、多分行き着いた先に居る影山くんと一緒にバレーに向き合うんだろうと思ったから、声はかけない事にした。
 バレーが大好きな2人だから、2人だからこそ乗り越えられる壁があるんだと思う。私は影山くんたちが自分の力で乗り越えられるように、そっと見守っていたい。グングンと進んでいく影山くんの事を応援したい。バレーを楽しそうにする影山くんの姿が好きだから。
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