傍に居ても遭難

 早起きが三文の徳になってからというもの。それを実感する為に早起きして、神社で猫と触れ合う時間を長めに取るようになった。そうすれば猫ともたくさん触れ合えるし、猫も嬉しそうだし、そしたら可愛い写真たくさん取れるし、それを見た美玖や隠岐先輩が喜んでくれる。……これ、もはや五文くらい得してるのでは?

「ネコぉ〜今日も最高にかわうぃ〜よぉ〜! よぉしよしよし」

 当たり前だろうという態度の猫を褒めまくり、頭や背中を撫でることに夢中になっていると「お疲れさーん」と間延びした声が頭上から降ってきた。

「い、いつからそこに……」
「数分前かなぁ」
「み、見て「ました」ましたよね。そうですよね……」

 今のデレデレ声、絶対聞かれてた……! うわ、もう、ほんとやだ。穴があったら入りたい。小っ恥ずかしいも恥ずかしいも通り越して火が噴きだしそうだ。猫との時間に夢中になり過ぎてた……。

「おれも混ざってええ?」
「もちろんです……!」
「ネコ〜! 会いたかったで〜!」
「ぷっ、」

 思わず吹き出してしまったのは、隠岐先輩も中々のデレデレ具合だったから。その反応を見た隠岐先輩が「ネコを前にしたら仕方ないやんか。なぁ?」と同意を求めてくる。これは仲間だというアピールと同時に私をからかっているらしい。私も同じくらいデレデレしていたぞと言いたいのだ。……隠岐先輩って意外と意地悪な部分も持ち合わせているらしい。

「にしても。今日は朝に来れたんですね」
「ましろ、熱出してしもうて。いうて微熱やねんけど、今日は大事とって休ませることにした」
「そうなんだ。それは心配ですね」
「せやなぁ。すぐ治るけど、ましろよく風邪引くねん」
「体弱いって言ってましたもんね」

 私たちの共通の話題といえば、猫。そして、ましろさん。その2つくらいしかないから、こうして度々ましろさんの話題が出るのはどうしようもない。分かってはいるけど、それだけましろさんが隠岐先輩の生活に入り込んでいるんだと思い知らされて心が痛む。

「親元離れた理由はおれにあるし、やっぱおれがちゃんとせんとって思う」
「そう、ですよね」

 せっかく隠岐先輩に朝から会えたのに。心のどこかに罪悪感という引っかかりができてしまって、心の底から楽しむことが出来ない。ましろさんのおかげで。ましろさんのせいで――そう思ってしまう自分にも嫌気がさして、もういっそのこと隠岐先輩に会わなければ良かったなんて思ってしまった瞬間、自分自身を恨みそうになった。



「見たよなまえ! 隠岐先輩とちゃっかり2人で登校しちゃってさぁ〜!」
「うん……、」
「何。どした」

 教室に入るなり喰い気味に話しかけてきた美玖に事情を説明すると、美玖は途端に眉を寄せ「なんでそれになまえが罪悪感を抱くわけ」と声色も歪ませた。「別に何も悪いことしてないじゃん」と言う言葉には私も頷きを返せるけど。

「それはそうなんだけど……やっぱ心のどこかに“ましろさんが風邪を引いたおかげ”っていう気持ちがあるっていうか」
「なまえ、どんだけ良い子なの」

 良い子って隠岐先輩も言ってくれたけど。本当に良い子だったら、風邪を引いたましろさんのことを心の底から心配してあげられるはずだ。私は良い子じゃないから“おかげ”って思ったり“せい”って思ったりしてしまう。

「はぁ〜……朝から自己嫌悪だ」
「大体さ、そこになまえが罪悪感を抱くならましろさんのが抱くべきでしょ」
「ましろさんが?」
「だってこう言っちゃ悪いけど勝手に隠岐先輩の後を追ってボーダーに入っただけじゃなく、体調を崩す度に隠岐先輩に面倒見てもらってるわけでしょ?」
「でもそれは幼馴染だからで、」
「いくら幼馴染だって言ってもだよ? そんなの、隠岐先輩の負担おっきすぎるでしょ」

 美玖の言わんとすることも分かる。だけど、そこにはやっぱり“幼馴染”っていう切っても切れない縁があるから。私みたいに出会って数日の人間とは違う、2人だけの距離感があるんだと思う。

「……でも、やっぱり人間誰しも弱ってる時って心細いじゃん? それに、親元離れてるってなったらやっぱり幼馴染の隠岐先輩を頼りたくなると思う」
「それはそうだけどさぁ〜……。なんだよなまえ〜、良い子過ぎてムカツク」
「えっごめん」

 せっかく美玖が私の為を想って言ってくれてたのに。美玖の言葉にハッとして謝ると美玖は溜息を吐きながら「ま、そういうなまえだから好きなんだけどね」と受け入れてくれた。そのことをありがたいと思うと同時に、隠岐先輩もましろさんに対してこういう気持ちなんだろうかとふと思う。

「相手のムカツク部分も、嫌な部分も見えた上で繋がりを切らないのは、やっぱりその人のことがそれだけ大事だからだよね」
「……うぅん。なまえという存在が居る手前“違う”とは言えない」
「ありがとう、美玖。私にとって美玖がそうだよ」
「まじかよ、私なまえにムカツクとか嫌だとか思われてんの? まじ?」
「ちょっと。今のは言葉の綾でしょ」
「あはは、冗談」

 2人してケラケラと笑い、一息吐くと同時に「はぁ〜、隠岐先輩に彼女が出来ないわけだ」と美玖が溜息混じりに呟く。……そういえば彼女の有無、まだはっきりと訊けてないな。

「待って美玖……ねぇ、」
「待ったなまえ、口にしちゃだめ。だめだからね?」

 美玖に制され口に出すことはしなかったけど。ましろさんじゃない別の人が隠岐先輩の彼女だって可能性は、誰にも否定出来ない。
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