煮込んだ好きの出来上がり

 今朝抱いた疑問は、放課後のバイト中も抱えるはめになっていた。堪らず時枝くんに「最近隠岐先輩、調子どう?」なんてよく分からない訊き方をしてしまい、時枝くんを無駄に困らせてしまったことは本当に申し訳ない。時枝くんとのやり取りを思い返したら、それに引っ張られるように1番初めに“隠岐先輩の彼女有無”について訊いた時のやり取りも思い出してしまった。

 「どうだろう。彼女なのか、どうなのか」――彼女なのか、どうなのか……待って。その言い方って……エッ。この言い方だと“居ない”という選択肢はなくないか? あれ……? えっ。

「えぇ〜……?」
「お疲れさーん」
「あっすみません! って、隠岐先輩!?」

 お客さんが居ないのを良いことに、1人の世界に入り込んでいると突然レジの向こう側に人影が現れギョッとする。しかも相手はまさかの隠岐先輩。いつからそこに? ていうかなんでここに?

「い、いつからそこに……」
「数分前かなぁ」
「み、見て「ました」ましたよね。そうですよね……」

 勤務中なのにという意味も含めて「すみません」と呟けば、「あはは。ええよ、おれも自分の世界に入り込んでるみょうじさんがおもしろくて、わざと息殺してたし」と耳を疑うようなことを白状する隠岐先輩。ここまで存在感を消せるなんて。……隠岐先輩ってもしかして――「忍者ですか?」つい零れ出た思い付きに、隠岐先輩はゲラゲラと笑い始める。出た、隠岐先輩の謎ツボ。

「ちゃうちゃう。おれは忍者やなくてスナイパー」
「スナイパー……」

 おそらくスナイパーというのはボーダー絡みのポジションだろう。先輩は笑いながらカウンターの上に腕に抱えていた商品を置いてゆく。スポドリにゼリーに冷却シートにおかゆ。それらの商品を見て「ましろさんですか?」と思い当たる人物の名前を挙げる。

「うん。ボーダー行く前に顔出しとこ思うて。ましろ風邪っ引きの時はなんも食べへんから」
「そうなんですね……」
「はー……おもろ」
 
 未だツボの余韻が残る隠岐先輩にムッとしつつ会計を行っていると、「にしてもみょうじさん、ここでバイトしてたんやなぁ」としみじみとした口調で話題を変えてきた。

「はい。ここ、そこまで忙しすぎず暇すぎずで、良い場所なんです」
「確かに。おれもここ好きでよぉ使わしてもろうてる」
「そうなんですか?」

 ましろが風邪引いた時とか特に――と続く言葉に胸を詰まらせつつ、「知らなかったです。もしかしたら今までもこうしてレジ打ちしてたかもですね」となんでもないように振る舞って言葉を返す。そうすれば隠岐先輩も同じように笑って「せやなぁ。どうせならもっと早くに声でもかけとけば良かったなぁ」なんて言うから。この人はほんと、人の気も知らないで――。いや、知られたら知られたで困るんだけども。

「それにな。ここのおでん、ここら辺でいっちゃん美味いねんで」
「おでんですか?」
「あれ、みょうじさん。食べたことあらへんの? 1回食べてみて。ほんまに美味いから」
「あはは、店員の私より隠岐先輩のが詳しいだなんて。あべこべですね」
「確かに。店員に店の商品お勧めする客て、なんやおかしいなぁ」

 2人で笑い合い、会計を終わらせ「ほな頑張ってや」と労いの言葉をもらい「隠岐先輩も、“お疲れさーん”です」と返すと隠岐先輩はいつもの笑みを返してくれた。

「おでんかぁ」

 今まで手入れをすることはあったけど、実際に食べることはなかったおでん。どうしてうちのコンビニは季節外れでも置いてるんだろうってずっと不思議だったけど、よくよく考えてみたらちゃんとそれなりに売上を記録している。……うちのおでん、実は意外と人気商品なのか?

「あれ、今の子、おでん買わなかったんだ」
「この後用事あるみたいですよ」
「なるほど。いつも買ってくれるから、心配しちゃった」
「隠岐……あの学生さん、そんなよくここ来るんですか?」
「よく来てるじゃない。なまえちゃんも接客したことあると思うよ」
「まじですか……。店長も知ってたんですね」
「あんなイケメンな子、そうそう居ないし。忘れられないでしょ」
「でしょ、うかねぇ……」

 でしょうよ、私。実際隠岐先輩のことずっと考えてるし。問題なのはずっと前から出会ってたにも関わらず、隠岐先輩を認識してなかったことだ。過去の私よ、いくらイケメンが雲の上の存在だからといって目に入れなさ過ぎだろう。

「おでん、今日はいつもより多めに残ってるねぇ」
「あ、じゃあ私。今日買って帰っても良いですか」
「もちろん。特別に割引してあげるよ」
「わーい、やった」

 大根と卵くらいなら、夕ご飯の邪魔にならないだろう。あでもつまみ食いしたってお母さんにバレたら怒られるだろうから、神社で食べてから帰ろうかな。頭の中で算段を立てつつ、おでん鍋の中を覗き込む。大根に卵に牛すじにモチ巾着……。こうやってまじまじと見てみるとどれも美味しそうだ。……今度、隠岐先輩のおすすめでも聞いてみようかな。また1つ、こうやって隠岐先輩と話すネタが出来たと思うと、やっぱり私の心はワクワクと弾んでしまうから、こればかりはもうどうしようもないな。
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