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 梅雨と夏、どちらが嫌いかと問われると首を捻りたくなる。梅雨のじめじめとした感じは何となく纏わりつかれている気がするし、夏のじわじわくる暑さは暑さでじっとしているのも辛い。とはいっても、梅雨の落ち着いたしっとり感は案外好きだし、夏の全てを乾かしてくれるカラっとした感じも捨てがたい。……結局、どの季節も好きだ。

「あー、無理溶けるしんどい」
「すっかり暑くなっちゃったもんね」

 雨降りが続いていた時期が終われば、出番を待ちわびていた太陽がギンギンに輝く。今やクラスメート全員が半袖となったこの時期。今年も順番通りの季節が巡って来たことを窓の外の太陽から感じとり、目の前でパタパタと扇子を仰いでいる水上くんでそれを実感する。

「なんで俺の髪こないもっさもさやねん」
「切ってもすぐそうなるの?」

 水上くんの髪の毛は、ゴムで結んでもすっきりはしなさそうなヘアスタイルだ。ボリュームを抑えるには……と、いうか。どうして水上くんがこっちに居るんだろう。その疑問は「見てるだけで地獄」と指さされた先で解消された。……確かに、こんな暑い日にダンベル持ってる穂刈くんは視覚が暑い。というかよく学校にダンベル持って来たな。何故だ?

「おたくのカゲさんは? どこ行ってるん?」
「自販機じゃないかな? 村上くんに声かけてたし」

 不在の席を指差し、行き先を予測すれば「あー、俺も買うて来てもらえば良かった」と嘆く水上くん。天井を見上げる間も動かされる扇子によって、水上くんの髪の毛が泳ぐ。……あ、そうだ。

「カチューシャとかいんじゃない?」
「カチューシャかぁ。ええなぁ」

 今度買いに行こうかなと呟く声に、「そういえば夏休みって里帰りするの?」と問う。水上くんは大阪出身のスカウト組。もし実家に帰省するなら、お土産でもお願いしよう。

「まだ決めてへんけど、もし帰ったらお土産買うてくるわ」
「やった! じゃあ絶対里帰りしてね」
「なんかそれ、“さっさと帰れ”て言われてるみたいやな」

 そんなつもりはないけれど。わざとに沈黙してみれば「ちょっと」と手で突っ込まれた。水上くんたちと学校でアホ話出来るのもあとちょっと。もしボーダーに入ってなかったら、夏休みの間はみんなに会えなくてもどかしい時期になっていたかもしれないけど、今の私はそうじゃない。

「あ、おかえり。それ俺の分?」
「んなわけねーだろ」

 カゲが戻って来るなり椅子にどかっと座り、買って来たパックジュースを咥える。その様子を見て私も買いに行けば良かったと思っていると「やんねーぞ」と牽制されてしまった。……カゲのケチ。そんな視線を水上くんと2人で向けていれば「つーかみょうじ、夏休み中に4,000行けよ」と課題を出される。

「うん。多分行けると思う」
「遂にみょうじさんもBかぁ。負けてられへんな」
「ポイントの取り合い、やっちゃいます?」
「なんかごっそり取られそうで怖いな」

 夏休みに入ったら私はボーダーにもっと打ち込んで、B級にランクアップする。そしたらちょっとは強くなれたって思えるはずだから。早く夏休みが来ないかな。……あ、でも。明日は明日で楽しみだから、やっぱりゆっくりで良い。なんか、前もこんなこと思ったっけ。

「みょうじ」
「ん?」
「コレやる」
「えっ、良いの?」
「えっ、なんで? なんで俺にはないのに、みょうじさんのジュースはあんの?」

 水上くんが驚くように、私もカゲから手渡されたミルクティーに驚いている。さっきは“やらない”って言ったのに。私の分も買ってきてくれてたんだ。手渡されたミルクティーはちょっとだけ汗をかいている。それを指で拭いカゲを見つめれば、「要らねぇなら返せ」と奪おうとしてくるから。

「……1回渡したもんを返せって。ケチくせぇのはどっちだろうな?」
「えっ、みょうじさん? 急に乱暴やん」
「……テメェ。良い度胸してんじゃねぇか」

 いつの日か交わしたやり取りを持ち出せば、カゲの眉がひくひくと痙攣する。カゲもあの時間を覚えているのだと分かって、対する私の口角はにんまりと上がってゆく。カゲはそんな私を見て舌打ちをしながらも、伸ばした手を収めてくれた。

「ありがとう、頂きます」
「おー」
「えー……これ、俺だけぼっちやん」

 寂しすぎるし帰るわ、と嘆き席を立つ水上くん。シューターの話をしてみたかったけど、それはボーダーでも出来るからまた今度で良い。それよりも今はこのミルクティーを味わいたい。

「カゲは前髪鬱陶しくないの?」

 ストローを咥えるカゲを見つめふと思ったことを口にしてみる。そうすればカゲは当たり前だろと言いたげな口調で「鬱陶しい」と返してくるから。ゴムとかピンで留めたら良いのに、と思ったけどきっとわざとだと思い至る。マスクを付け続けているように、前髪で感情が刺さる面積を減らしているんだ。……大変だな、カゲのサイドエフェクト。

「持ってねぇのか、ヘアゴム」
「えっ? あ、一応持ってるよ。……要る?」

 ポーチからヘアゴムを取り出して渡すと、それをそのまま右腕に通すカゲ。結ばないのかと不思議に思ってカゲを見つめれば、「どうしてもの時は結ぶ」と言われてしまった。“どうしても”の時だけなのか。デコ出しカゲ、ちょっと見てみたかったけどな。その思いは「アイツらがうぜぇからな」という言葉によって防がれてしまう。

「そっか、残念」
「……みょうじしか居ねぇ時にでも借りるわ」
「…………うん」

 あぁ、今日も。カゲの隣はあつくて堪らない。
太陽よりも近くて熱い人


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