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 夏休みに入り、B級ランク戦も中盤を迎えた。そんな中、影浦隊に加え、当真や村上くんたちも集まった小さな打ち上げがかげうらで開かれることになった。

「なまえちゃんB級昇格おめでと〜!」

 ゾエのかけ声でみんなが一斉にグラスを持ち上げる。私もそれに応えグラスを持ち上げれば、心の中に達成感と嬉しさがこみ上がるのが分かった。ランク戦真っ只中だというのに、祝いの会を開いてくれたみんなに礼を告げながらグラスに口をつける。……やっと、みんなと同じランクになれた。

「で、なまえ。ウチに来るんだろ?」

 届いた材料をカゲに「焼け」と言いつつ手渡し、私に声をかけるヒカリちゃん。その言葉にゾエとユズルくんが「なまえちゃんが来たらどういう陣形になるんだろうね」「まぁやりようは幾らでもあるんじゃない」と乗っかている。その言葉たちを嬉しく思いつつ隊長を窺ってみれば、カゲはじっと鉄板を見つめ続けるのみ。

「おいおい、カゲも言ってやれよ。なまえ待ってんじゃねーか」
「ちょ、当真っ」
「そうだぞカゲ。こういうのはお前から言うべきだ。まだ言ってないって聞いてビックリしたぞ」
「荒船くん……ちょっと話が違う気もするな?」

 周囲の冷やかしに「うるせぇ」と牙を剥き「来たいなら来りゃいーだろうが」と呟くカゲ。……私は、影浦隊に入りたい。でも、これは私だけの気持ちじゃだめだって思うから。隊長がみんなから“この人が良い”と選ばれるのと同じように、隊員も“この人が良い”とチームメイト全員から受け入れられる方が良いと思う。

「カゲ、ちゃんと自分の気持ちは言葉にした方が良い」
「取られてしまうぞ、別の隊に」

 荒船くんや村上くんの言葉に、両手で机を叩き「あー! 言やいんだろ! 言えば!」とカゲが大声をあげる。そうしてじっと私を見据え、「……俺の隊に来い」と小さな声で告げてくるカゲ。“来たいなら来い”って言葉も嬉しかったけど。こう言ってもらえる方が何倍も嬉しい。

「よろしくお願いします!」

 その日1番の盛り上がりを見せたかげうら。その中心に居ることに、ほんのちょっとの照れ臭さを抱えつつ、私はそれを忘れられない思い出として心に閉じ込めるのだ。



「今日も送ってもらうことになっちゃってごめんね」
「おめーはいちいち謝んな」

 カゲの実家での集まりだったのに、カゲはこうして2人きりの夜道を歩いてくれる。カゲと一緒に歩く帰り道が当たり前のように思えるのは、なんとも幸せなことだと本気で思う。目を閉じ街中の空気をすぅっと吸い込めば、鼻腔に漂うほんのりとしたソースの匂い。あぁ、今日も全てがとても満たされている。

「実は私、本音を言うとずっと影浦隊に入りたかったんだ」
「そうか」
「それでね。今はまだスコーピオン1本で頑張るつもりだけど、ゆくゆくはガンナー用のトリガーもセットしようと思ってる」
「ガンナー?」
「ガンナーっていうよりかは、シューターかな。水上くんみたいな感じで動けたらなって」

 秘かに考えていたことを打ち明ければ、「良いんじゃねぇか」と受け入れてくれる。そのことにホッとしつつ、「でもひとまずはスコーピオンの腕をもっと磨く。それで、カゲのことを援護出来るようになる」と意気込めば「……力になれんのかよ」と鼻で笑うカゲ。

「どうだろ、でもなりたい」
「……バーカ」

 ちょっと。これでもまぁまぁ勇気出したんですけど? それを“バカ”と一蹴するカゲにむっとすれば、カゲの耳が赤いことに気が付く。……あ、これ照れてる。カゲは意外と照れ屋なんだった。

「あー、恥ずかしがんな、移る! なんですが……」
「おまっ……」

 カゲの言葉を真似てみれば、カゲの顔が勢い良く私に向く。……あぁ、だから。移るって言ってるじゃん。カゲの動作が止まったのはきっと、真っ赤に染まった私の顔を見たから。そうして数秒見つめ合ったのち、カゲの指が見慣れたポーズを作る。

「わっ、」

 この手をされたら鼻にどんな衝撃が来るかはもう分かっている。にしても、このタイミングで来るだなんて――。反射的にぎゅっと目を閉じてから数秒待ってもその衝撃は届かず。それを不思議に思うのと、鼻先に柔らかい感触が落ちるのはほぼ同時のこと。それに驚き目を開けば、カゲの顔がふっと離れてゆく。

「……行くぞ」
「え、今……ねぇ、ちょ、」

 カゲの隣に並び、先ほどの行為の意味を目線で問えば、「嫌ではなかったみてぇだな」と緩むカゲの口角。……嫌じゃない。カゲと2人で歩くこの道も、カゲからされる鼻ピンも、下げられたままのカゲのマスクも。何もかも。嫌じゃない。

「嫌なわけないじゃん……だって、」

 “強い”がどの程度かはまだよく分かってないけど。でも、カゲに対するこの気持ちはもう充分と言って良いくらいに強い。そう思える。

「だって私――」
「待て。まだだめだ」
「えっ?」

 自分の中でGOサインを出したそれを、カゲの手が制す。カゲの行動に虚を衝かれ息を呑めば、「つーか、だめだ」とまさかの拒絶。いつの日か味わった感情が再び顔を覗かせるよりも先、「あー! ちげぇから!」と今度はその感情にも待ったをかけてくるカゲ。

「……どういうこと?」
「とにかく。もうちょい待、ってく、れ」

 カゲがお願いをしてくるのはこれで2度目。……きっと、カゲなりの考えがあるんだろう。仕方ない、今日はお預けだ。

「……もう充分待ったような気もするんだけど」
「言えた口かよ」
「痛っ、」

 ちょっとくらいの小言は良いだろうとぼやけば、今度こそ鼻先に軽めの衝撃が放たれた。……仕返し、絶対してやるんだから。
リベンジを鼻先に宿して


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