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「カゲ、起きてる?」
「ん、」

 机から顔を上げ、頬を掻くカゲ。目は閉じきっているけど、意識はかろうじてあるようだ。眉根をぎゅっと寄せ、眠気と戦っている様子をおかしく思いながら「スコーピオンの使い方、教えて欲しい」と願い出る。

「そういやスコーピオンにしたらしいな」
「カゲもスコーピオンでしょ? それに、村上くんより強いって聞いた」
「あー……」

 くわっと広がるマスク。その中に居る口は大きなあくびをしているのだろう。ようやくパチッと開いた瞳が、その先に居る人物たちを捉え中指を持ち上げさせる。ここ最近、私とカゲがちょっと話をするだけで、サイドエフェクトがない私でも分かるくらいの視線がチクチクと刺さるようになった。そのきっかけは言うまでもなくあの日のサボリだ。ひいては私のせいでもあるので、この状況に少なからずの責任を感じてしまう。

「ごめん、カゲ」
「あ? 別にみょうじが謝るようなことじゃねぇだろ」
「でも、」
「謝んなうぜぇ」

 椅子にふんぞり返るようにして両手を後ろに投げ出すカゲ。覚醒早々もの凄い態度だなと苦笑したくもなるけど、それよりもこうして謝罪を跳ねのけられることに嬉しさを感じてしまうから、私もチョロいもんだとおかしくなる。

「ありがとう」
「……んで、スコーピオンだったか」
「あ、うん。私の師匠になって欲しい」
「俺ぁ人に教えるなんざ苦手だ」
「だよね」
「オイ」

 即答を返すとぎろりと睨みつけられてしまった。とはいえ、こちらはそれを踏まえたうえでお願いしていることだ。私は教わるならカゲが良いし、カゲに私が強くなろうとしていることを受け入れて欲しい。そういう思いでカゲを見つめ返せば「明日、任務終わりで良いんなら」と願いを聞き入れてくれた。

「よろしくお願いします! 師匠!」
「やめろ気持ちが悪い」
「はぁい」

 唇を尖らせながら口を噤むも、気持ちが鼻歌となって漏れ出てゆく。カゲと一緒に居ると、やっぱり楽しいな。そんな風に気持ちを弾ませていれば「やるからには徹底的だからな」と低く唸るような声をかけられてしまった。

「……し、新米ボーダー隊員故……どうか、」
「強くなんだろ」
「……頑張ります!」

 カゲの言葉に意気込んでいると、どこかに出掛けていた村上くんが戻って来るなり「昨日の件、どうだった?」と尋ねて来た。それに対し「たった今師弟関係を結びました」と返せば「それなら良かった」と花を飛ばして喜んでくれる村上くん。

 私たちの様子が和やかになったのを見計らったのか、さっきまでニヤニヤと動向を見守っていた穂刈くんたちも近付いて来て、「聞いたぞ、荒船から」と新たな話題を提出してくる。……荒船くん? 昨日何か言ったっけ? 出て来た人物に首を傾げてみせると、カゲは「つまんねーこと言ったらぶっ飛ばす」と牽制してみせる。

「みょうじさんとカゲ、付き合い始めたんやって?」
「……はっ!? えっ、いつ!?」
「テメェ……!」

 水上くんの言葉に思わず“いつ”なんて尋ねてしまったけど、当の本人が自覚していないのでこれは勘違いだ。それを分かった上でわざわざ口にするのは、面白がっているからに違いない。ここに居るみんな、それに気付いているから穂刈くんたちは口角をニヤリと上げているし、村上くんは溜息を吐いて呆れている。そしてカゲは目を吊り上げ3人を睨みつけている。

「荒船くん、理解早いって思ったけど早すぎるんだよ……」
「すぎるっちゅうことは、いずれはっちゅうことやんな?」
「そっ、れは……その、」

 からかわれていると分かっていても、顔に集まる熱を逃がすことは出来なくて。私の気持ちがバレバレなせいでカゲにも申し訳ないことをさせてしまっている。だけど、ちらっと見上げたカゲの耳が赤く染まっているのを見て、それを可愛いと思ってしまう自分が居るのも事実で。色んな感情がない交ぜになるけど、決して嫌ではない。

「もどかしくないのか? 2人とも」
「俺らはめっちゃもどかしい」
「仕方ねぇだろ! みょうじが“強くなるまで”っつったんだからよ」

 カゲの言葉にパッと顔をあげる。待って待って。えっ……待って。今の言葉、どう捉えたら良い? 良い方向に捉えて大丈夫? それとも悪い方向に捉えるべき? カゲの言葉を図りかねていると、「なんだ」と照れ臭そうに見つめ返された。

「えっ、あ、いやその……」
「お前、ほんと下手くそだな」
「へ、下手くそ……?」

 久々の言葉に虚を衝かれているとすかさず「カゲくんやっさすぅい〜」とチャラけた声が飛んでくるから、カゲは再びその声の相手へと奮闘しだす。……なんかカゲばかり矢面に立ってもらってるな。

「だからみょうじが謝んな」

 3人をどうにか追い払ったあと、カゲが不愛想に言い放つ。何も謝ってないけど……という言葉は、カゲの持つ能力が頭によぎったことで口から出ていくことはなかった。

「お前だけのせいじゃねぇ」
「……うん、」

 体を前に向け、次の授業の準備を始める。けど、その手が数秒と動くことはなく。込み上げる気持ちを抑えきれなくなって、ガバっと机に突っ伏す。……早く、強くなりたい。早く、このもどかしい関係に自信を持って終止符を打ちたい。
射抜かれ待ちの斜線です


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