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 影浦隊は昼の防衛任務当番だったので、学校も午前中で早退していた。カゲの居ない教室はなんとなくポッカリと穴が空いたように静かだなと思いながら授業をこなし、水上くんたちと足を向けたボーダー。
 スナイパーの練習に向かう穂刈くんと、自隊の作戦室に行くという水上くんに手を振り“あと30分ほどでボーダーに戻る”とカゲから届いていたメッセージを確認して個人ランク戦のロビーへと足を向ける。30分の間に出来るだけランク戦して、ちょっとでもポイントを稼いでおこう。

「202号室……まただ」

 最近、ブースに入ると必ずといって良いほど対戦を申し込まれる相手。それに応じマップに転送されると3人組のうちの1人が待ち構えていた。名前は確か……壱田くんだったか。見慣れた相手と対峙し、スコーピオンを構える。

「みょうじさん、今日も一緒に頑張りましょう」
「よろしくお願いします」

 壱田くんが不気味に口角を上げるのを見て、反対にきゅっと気を引き締める。私が入るブースを確認してわざわざ私を指名してくる壱田くん、弐田くん、参田くん。私のポイントがまだ少ないから、カモにされていることは分っている。それでも私がこのランク戦に応じるのは、似たような実力相手だとどれだけ成長しているか測りやすいから。最近だと勝ち越すことも増えてきたので、この3人と戦うのはちょうど良い訓練になっている。……さて、今日は何本取れるだろうか。



 何本かランク戦を終え、数十ポイント獲得することが出来た。とはいっても、まだまだ強くなれたとは言えない。ふぅっと溜息を吐き、頃合いであることを確認してブースから引き上げる準備をしていると「みょうじさん、お疲れ様でした」と画面越しに声をかけられた。

「感想戦といきませんか」
「感想戦……」
「この後、ラウンジでお茶でも飲みながら。どうですか」

 顔が見えないから3田ズのうちの誰が喋ってるか分からないけど。今日はこの後カゲと約束しているし……。「今日はすみません」と断りを入れれば「じゃあ明日はどうですか」と喰い下がられる。まぁ、明日なら約束もしてないし。

「じゃあ「おいみょうじ。いつまで入り浸ってんだ」
「あ、カゲ」

 防衛任務を終えてロビーに辿り着いていたらしい。ランク戦を終えたのにいつまでもブースから出てこない私に痺れを切らし、ブースまで迎えに来てくれたようだ。学校はギリギリに来るのに、人との約束事にはちゃんと遅れずに来る辺り、カゲの律義さが出てるんだよな。……なんて、待たせた側が呑気に思うことじゃないか。

「ごめん。ロビーで待つの、嫌だったよね?」
「んなもんは別に気になんねぇ。……今やってる相手、誰だ」
「あぁ、よくランク戦の相手してもらってるんだ」

 画面の向こうがザワついている。その雑音に向かって「おいカス共。俺と戦え」とカゲが勝負を挑む。その声に3田ズだけじゃなく、私も目を見開き「えっ私とじゃないの?」と声に出せば「カスが調子に乗ってからだろーが」といつになく不機嫌そうな様子。

「訓練生と正隊員ですし……、」
「うるせぇ。さっさとボタン押せ」

 あっという間に対戦の準備を終わらせ、向こうの準備が整うなりランク戦を始めるカゲ。その様子を画面越しに観戦しているとカゲはものの数秒で1人目を撃退してみせた。続けざまに2人とも対戦し、結果的にカゲの圧勝で終わった試合。……カゲが戦ってるの初めてちゃんと見たけど、やばすぎる。同じ武器を使ってるはずなのに、私とは全然違うブレード捌きだった。ログで見た時は伸びるスコーピオンを使ってたけど、今のランク戦は純粋にスコーピオン1本での戦い。私とカゲの間にはまだまだこれだけの差があるのか。

「お前、こんなカス相手に手こずってんのか」
「カスとか言わないの。それに、カゲが強すぎるだけだって」
「……おいボンクラ共」

 カゲの視線は再び画面へ。その向こうに居るであろう3田ズはすっかり怯え切った声をあげている。……というかこのランク戦、カゲにとってなんの意味もないような気がする。なんで急にブース横取りしてまで戦おうと思ったんだろう。私もそこまで負け越してなかったし、そろそろカモ脱出出来そうなくらいには成長したはずだけど。

「戦うのは、許す」
「……え、」
「意味分かんねぇのか? あ?」
「ヒィッ! わ、分かりました!」

 何かの言質を取ったらしいカゲは舌打ちをしながら通話を終了させ、「あんなやつらに負けてんじゃねぇ」と鼻ピンを放つ。ちょっと、いつもより痛くない? じんじんと痛む鼻先を擦りカゲを見上げれば「あんなやつらに絡まれねぇくらいには鍛えてやる」と嬉しい言葉が続くから。痛みはどこかへと飛んでゆく。

「よろしくお願いします!」
「行くぞ」

 カゲの後ろについてブースから出ると、周囲に居た訓練生たちの視線が一気にこちらへと向く。この視線にはきっと、カゲのアッパー事件が関係しているのだろう。とはいえ、視線の一部は私にも向けられているような気がして、なんだか落ち着かない。なんだろう、私、何か目立つことでもしただろうか。

「へっちょうど良い」
「何……これ、何?」

 視線の原因が“あの影浦を従える女”“影浦を飼い慣らした女”“女帝”などと嬉しくない囁きからくるものだということを知るのは、数日後の教室でのこと。
牽制ドストレートコース


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