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 ボーダーに入隊することがいざ決まれば、あとは驚くほどスムーズだった。親にも“大学にきちんと行くのなら”とすんなり首を縦に振ってもらえたし、入隊試験もなんの問題もなく合格することが出来た。

 そうして5月中頃に開かれた入隊式によって、私のボーダー隊員としての生活が幕を開けた。

「アタッカーランク……1位の人やばいな」

 入隊すると同時にソロポイントというものを与えられ、このポイントを4,000ポイントにすることがB級へランクアップする条件らしい。水上くんからちらっと聞いてはいたけど、いざ入隊してみるとボーダーのしっかりとしたシステムに驚くばかりだ。まだできて3年くらいのはずなのに。

「みょうじさん」
「あっ村上くん!」

 訓練を終えロビーに顔を出すと見知った顔に出くわした。……なんか嬉しいな。学校だけじゃなくて、こうしてボーダーでも友達に会えるのは。

「みょうじさんもアタッカーにしたんだな」
「うん。村上くんは弧月なんだ」
「あぁ。みょうじさんはスコーピオンか」
「こっちの方が軽いし、使い易そうだったから」

 村上くんと談話していると帽子を被った男性が「待たせたな鋼」と村上くんに声をかけてきた。その声に手を挙げたあと、村上くんは私に向かって「今度手合わせを頼む」と申し出る。

「逆に教えて欲しいくらいなんですが」
「それなら同じスコーピオン使いの方が良いかもしれないな」
「あ、そうか」
「ちなみに、ランクは下の方に居るけどカゲはオレより強いぞ」
「カゲ……あ、スコーピオンだ」

 カゲのメイントリガーを確認してみると、確かに“スコーピオン”と記載されている。村上くんでさえ上から数えた方が早い位置にいるのに、カゲは村上くんより強いらしい。……影浦隊、やっぱり絶対強いじゃん。

「新入りか」
「紹介するよ。同じクラスのみょうじなまえさん。最近ボーダーに入ったんだ」
「初めまして、みょうじです」
「荒船だ。よろしく」

 村上くんの紹介で互いに挨拶を交わし、荒船くんが六頴館高校に通っていることを知る。そして、カゲのお好み焼き屋さんの常連であることも。ボーダーって、成績関係なく顔見知りになれて、友達にもなれて。そして仲間にもなれる場所なんだな。

「スコーピオンのこと、カゲに習うなら明日お願いしてみると良い」
「うん? カゲ、今日居ないの?」
「作戦室には居るかもしれないけど、今はあまりここには来たくないと思う」
「……あー、サイドエフェクトだ?」
「みょうじさん、入ったばかりなのに詳しいな」

 村上くんと私の会話に荒船くんの目がぱちくりと開かれた。そうしてすぐに「あぁでもそうか。鋼たちと同じクラスなんだよな」と理解を示す。こういう辺り、さすが進学校生徒って感じだな。カゲとかは「なんでだ?」って首を傾げそうだ。

「C組といえば……大変だろう」
「……いろんな意味で」

 C組のボーダーメンバーを頭に思い浮かべたらしく、荒船くんの顔に憐みのような気遣いが滲んだ。その気遣いをありがたく受けながら苦笑を返す。特に最近はニヤニヤとした笑みが痛い。村上くんからはほっこりするような笑みをもらうけど、それすらも恥ずかしくてしょうがない。

「ははは、なんか悪いなみょうじさん」
「ん? なんで荒船くんが謝るの?」
「C組には俺のチームメイトと弟子が居るんだ」

 弟子――と言いながら村上くんの肩を叩く荒船くん。なるほど、村上くんに弧月の使い方を教えたのは荒船くんなのか。ということは荒船くん、教えるのめちゃくちゃ上手ってことだ。だって村上くんがサイドエフェクトはあれど、ここまで上位に昇り詰めているのは荒船くんの教えがあってこそだと思うから。

「スコーピオンの使い方、教えて欲しい」
「はは。悪いがスコーピオンはまだ専門外なんだ」
「そうだよね……」
「まぁいずれは理論を構築するつもりだけどな。今はカゲに教わった方が良いかもだな」
「カゲ……」

 村上くんと荒船くん2人から推薦される人物。その名前に少し詰まれば、「みょうじさん?」と村上くんが心配そうに声をかけてくる。確かに、カゲに教わるのが1番良い方法だって思う。……思うけど。

「穂刈たちが気になるならオレがどうにかしよう」
「あ? ……あー、話は大体分かった。……まったく、ガキだなアイツら」

 村上くんの言葉でそっち方面の話であることを察した荒船くんが溜息を吐く。この人本当に頭の回転早いなと改めて感心するし、そっち方面のことも悩みではあるけれども。

「それもあるんだけど……」
「ん? 他に何かあるのか?」
「カゲって、人に教えるとか出来るのかな……って」

 それまでぽんぽんと交わされていた会話がピタリと止む。そうして3人で私の提示した疑問を考え、「……やってみないことには……な」という村上くんの苦し紛れの言葉だけが宙を舞った。

「どうしてもの時は風間さんとかに掛け合ってやるし……」
「あ、うん……。ひ、ひとまず今日はランク戦頑張る」
「あ、あぁ。そうだな」

 しん、となった空気を掻き消すかのように下手くそな笑い声がロビーに響く。そうしてこの気まずさから逃れるように2人に手を振り、ブースへと入る。……きっとあの場にカゲが居たらキレてただろうな。 

「……よし、頑張ろう」

 カゲには明日お願いしてみるとして。ひとまず、私自身で出来る範囲の努力をしよう。
新米ボーダー隊員の門出


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