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幸せになりますように

 診察が終わった時、辺りはすっかり暗くなってしまっていた。吹き抜ける風が冷気を帯びているのを肌で感じ、出掛ける前にカーディガンでも羽織ってくればよかったとちょっぴり後悔を浮かべながら戻った家。さっきと同じように縁側に寄れば、続く居間には灯りが点いていてウメタケ夫婦が食卓を囲っていた。

「おかえりなまえちゃん。梅子から聞いたよ」
「タケちゃん、この子飼ってもいい?」
「もちろんだよ。なまえちゃんが仕事の間はワシらにも面倒見させておくれ」
「うん! 助かる!」

 タケちゃんの協力も得ることが出来、ウメちゃんと視線を絡ませて微笑み合えば、ナナシが段ボールから体を乗り出しタケちゃんのもとへと歩いてゆく。そうしてタケちゃんの近くでちょこんとお座りをし、タケちゃんのことを見上げるナナシ。…………この子、めちゃくちゃ人懐っこいぞ。

「どうやら健康状態に異常はないみたいだね」
「うん。病院でも至って健康だって言われた。でもワクチンは打たないとだから、一旦飼い主に慣れてもらって、そこからワクチンを接種しようって」

 昼神先生に言われた言葉をなぞるように告げれば、「そうかい。この子はなまえちゃんの部屋で飼うかい? それともワシらの家で飼うかい?」とタケちゃんから問われた。その問いと共にウメちゃんから手渡された湯飲みで両手を温めながら、どうしようかと頭を悩ませる。
 慣れてもらうには一緒の部屋で生活するのが1番だけど、私は仕事もあるし何かあった時のことを考えると、普段はこっちで面倒見てもらった方が良いのかもしれない。

「なるべく私もこっちに居るようにするから、この子のことお願いしてもいい?」
「もちろん。私たちからしてみたら家族が増えて嬉しいよ」

 じわぁっと広がる温かい気持ち。淹れてもらったお茶が美味しいのもあるし、ウメちゃんタケちゃんの人柄に触れられたからっていうのも大きい。動物病院の人も良い人たちだったし、なんかこの子に出会ってから色んな人の良い部分に触れてばかりだ。

「あ! なまえ帰って来てたんだ!」
「ただいま」
「この子がラインで言ってた子?」
「そうそう。可愛いでしょ?」
「めっちゃ可愛い〜! 拓も呼んでくる!」

 話し声が聞こえたのか、アパートの方から潤ちゃんが顔を覗かせ、そのままもう1人の住人である拓海くんを呼びに戻ってゆく。このアパートは私が大学時代から住んでいる場所で、潤子ちゃんとはその頃からの付き合い。もう1人の住人である拓海くんは現役の大学生で、ここに住み始めてもう少しで3年目だ。
 病院で待っている間にグループラインに連絡を入れていたので、潤ちゃんと拓海くんの許可も既に得ている。

「おかえりなまえさん」
「ただいま。今日からこの“しあわせ荘”の一員になる子です」
「うぉ〜初めまして! あ、コレ。大学の友達から要るだろうって分けてもらった」
「トイレシート! 助かる! 拓海くんありがとう」

 潤ちゃんと拓海くんが現れたことでナナシの瞳に好奇心が浮かぶ。タケちゃんの傍を離れ縁側にやって来て、小首を傾げてみせれば2人のハートは意図も容易く鷲掴みだ。これは可愛がってもらえること間違いなしだなと安堵していると、潤ちゃんから「そういえば、名前ってもう決まったの?」と問われハッとする。

「あ、そうそう。名前、一緒に決めようと思って」
「名前かぁ〜。どんな名前が良いかなぁ」

 その場に居た人間が首を傾げて悩み始めたのを不思議に思ったのか、ナナシが同じようにこてんと首を反対側に倒してみせた。そのことに吹きだしているとタケちゃんが「ユキ、はどうだい?」と声をあげた。

「ユキ?」
「これからたくさんの幸せが訪れるように、幸せになるようにって願いを込めて、“幸”と書いて“ユキ”はどうだろう」

 潤ちゃんが「良いじゃん!」と賛成し、拓海くんが「ここ“しあわせ荘”だしな」と頷く。ナナシ改め、ユキ。……うん、とっても良い名前だ。

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