settlement friday

 気が付けばお見合いは明日に差し迫っている。最低でも1日1回はやり取りしていたメッセージも、今週は壊滅状態。会えなくても文字や電子音で交わしていた繋がり。それを取り上げられた途端、こんなにも寂しくなるなんて。やっぱり私にはどうしようもなく風間さんが必要なんだ。

「みょうじくん」
「唐沢、さん……」

 食堂でカップコーヒーを飲みながら携帯を眺めていると、事の発端が声をかけてきた。今でも“唐沢この野郎”だけど、そんなの口にも態度にも出すわけにもいかず。どうにか誤魔化しながら「なんのご用でしょうか」と問えば「これ」と茶封筒を手渡された。

「これは?」
「風間隊員に渡しておいてもらえないかな」
「……私がですか?」
「付き合ってるんだろう?」
「…………はい。まぁ、一応は」

 思わず歪んでしまった眉はバッチリ見られてしまい、唐沢この野郎はそれ見て笑いながら反対の席に腰掛けてきた。唐沢この野郎は事の発端のくせに、この期に及んでこんな質問を吹っ掛けてくるのだ。……唐沢この野郎。

「んー、その感じだと俺はそうとう恨まれてるようだね」
「そんな。唐沢この……さんは仮にも、私の上司ですから。そんな方相手に恨むだなんてそんな」
「はは。末代まで呪われそうだ」
「……これ、唐沢さんが直接渡されたらどうですか。お察しの通り、私たちは絶賛拗れ中でして」
「俺からも渡したんだけどね。“いつか私用でも使うだろうから”って受け取ってくれなくて」
「私用でも使う……?」

 唐沢この野郎……唐沢さん、の言葉の意味が理解出来なくて言葉尻を真似て返せば「スーツ。新調したみたいでね」と付け加えられた。なるほど。この茶封筒の中身はお金か。そしてそれを風間さんは要らないと受け取らなかったということ。……風間さんらしいな。

「管理職の俺からしてみたらそういうわけにもいかなくてね。だからみょうじくんに言付けたいんだが……さすがに無神経かな?」
「まぁ、無神経だなと思いますけど。預かりはします」
「はは。本当に申し訳ない」

 申し訳ないとあまり思ってなさそうだなこの人。あまりにものらりくらりな口調だから、思わずそれが顔に出てしまったらしい。唐沢さんは私の顔をじっと見つめた後、「でも。俺は風間くんとみょうじくんなら大丈夫だと思ったんだ」と少し真剣みを滲ませた言葉を告げてきた。

「拗れさせてしまっているのは言い逃れ出来ない。本当に申し訳ない。……ただ、俺は少し安心したよ」
「安心?」
「風間くんは“いつか私用で使う”と言った。言い換えればそれは、今回のお見合いは彼にとって“仕事”だということ」
「……確かに」
「そしてみょうじくんは、今でも俺を恨めしく思うほどに風間くんのことを大事に想っている」
「…………それは、まぁ」

 だからきっと大丈夫なんて、他人事のようだね――そう言って笑う顔には飄々とした雰囲気を戻し、唐沢さんは茶封筒を指さす。

「もし風間くんが要らないと言ったらみょうじくんが貰っていいから」
「私がですか?」
「少ないけれど、和解金ってことにしてくれないかな」
「…………明日の結果次第で交渉させてください」
「ははは! それもそうだね」

 そう言って唐沢さんは立ち去っていった。このお金、風間さんも私も不要だって結果になってくれるといいな。というか、いつどのタイミングで渡したらいいんだろう? ……今日の夜、勇気を出して電話してみようかな。
prev top next
- ナノ -