entreaty thursday
何にも折り合いを付けることも出来ないまま。あの日から眠れぬ夜を繰り返している。
それでも日常は変わらずやって来るし、大学にもボーダーにも行かないといけなくて。普段は何の苦も感じず出来ていたことが、メンタル1つでこんなにも重苦しいことになると知れたことが今回の収穫だ。なんにも嬉しくない。
風間さんとの間にこんな問題が発生したなんてこと、あまりあけすけに言いたくもないので、なるべく顔や態度には出さないようにしながら終えた大学。その帰り道で命令もしていないのに足が止まってしまったのは、紳士服を売っているお店を見つけてしまったから。……厳密にいうと、そのお店の中から出てきた2人組を見つけたから――だ。
「二宮隊の隊服で換装体になれば良い話だったんじゃねぇか?」
「そう手抜きするわけにもいかんだろう」
「やっぱ風間は真面目だよなぁ……ってなまえじゃねぇか」
出来ることなら気付いて欲しくなかった。気付いたとしても気付かないフリをして欲しかった――って、こんなこと願ったって諏訪さんには通らぬ願い。案の定「お前ら面白れぇことになってんな!」と1人楽し気な雰囲気を醸しだしている。
「ずいぶん気合いが入ってるんですね」
「しかるべき服装でないと相手に失礼だからな」
「……相手はご令嬢ですもんね」
私なんかとは住む世界も違う人。きっと、立っても座っても歩いても絵になるような人なんだろう。風間さんの隣に架空の美人を並べてみれば、それが驚くほどしっくりきてしまって、きゅう、と心が締め付けられる。
「まぁまぁ。そう言ってやるなよなまえ。男には付き合いってもんがあんだよ」
諏訪さんは助け舟を出したつもりだったと思う。だけど、その言葉は今の私には射撃に思えた。分かってあげるべき部分を分かれない自分がみみっちくて、大人気ないってことは嫌になるくらい痛感している。その部分をこうして諭すように言われると、子供みたいな気持ちが我を張ろうと必死になってしまう。
「……わ、分かってますよそんなこと! 分かってますからちょっと黙ってキューブにでもなっててください!」
「きゅっ……おい風間。お前の彼女どうなってんだ」
「……なまえ、」
「うるさい! 諏訪さんのばか!」
「お、俺ぇ!?」
諏訪さんの素っ頓狂な声を無視して踏み出す足は少し乱暴な1歩になってしまった。ちょっと冷静に思い直してみれば、風間さんはずっと私と話し合おうとしてくれていた。家にまで足を運んでくれたし、私の状態を見て距離を取ってもくれた。そうしてまた1歩近付いてきてくれたのも風間さんだったし、それを拒絶したのも私。
そして、未だに解決策を見いだすことも、折り合いをつけることも出来ないまま。どうして、どうしてこんなことになってしまったんだろう。
「サクッと終わっちゃえばいいのに」
お見合いも、お見合いまでのこの時間も、私のぐちゃぐちゃな考えも。何もかも全部、早く終わってしまえばいいのに。どうしてこういう時だけ時間の流れはやけにゆっくり感じるのだろう。
「もし……、」
街中に流しかけたもし、の先。脳内に浮かんだそれを言葉にするのはとても恐ろしくて、慌てて唇を内側から噛み締め閉じ込める。こんなこと、思うだけでも恐ろしいのに口に出してしまったら本当になりそうで嫌だ。……風間さんと私の関係もサクっと終わるなんてこと、絶対に起こって欲しくない。その為に私は、どうすればいいんだろう。