wednesday chaos

 ランク戦は解説に呼ばれない限り、風間さんと一緒に観ることにしている。それぞれが1人で観るか、チームメイトと観るかしている時は大抵片方の都合が合わない時。だから今日みたいにお互いが同じ空間に居るにも関わらず、離れた場所でランク戦を観ているこの状況は異常事態ともいえる。
 それでも、周囲の目がランク戦に向いているのは、離れた場所といっても席1つ開けただけの距離感だからだ。風間さんが私の姿を見つけるなり近付いて来たので、思わず近くに居た迅くんの腕を掴み隣に座らせてしまった。だから今、私と風間さんの間を埋めるようにして座る迅くんの表情だけが困ったように歪んでいる。

「なんか、視線が両サイドから突き刺さってる気がするんだけど」
「何言ってんの。みんなランク戦に集中してるって」
「いやぁ〜……それにしては「うるさい迅くん。ちょっと黙って」……うぅーん」

 唇を噛み締めて画面へと視線を移す迅くん。その向こうにはきっと、見えないけれど、視線を前に見据えたままの風間さんが居るんだろう。迅くんは“両サイドからの視線”と言っていたけれど、風間さんの視線はランク戦に向けられていたはずだ。風間さんは“何に集中すべきか”を見極め、妥当な優先順位を付けることが出来る人だから。そういう風間さんを好きになったから分かる。……分かるからこそ、こんなにも辛い。



「なまえ」
「……何ですか」

 ランク戦が終わってそそくさ立ち去ろうとした所に言葉を向けられてしまえば、逃げることは叶わず。気まずさからむくれた顔を見せれば、「話をしよう」を端的に告げ歩き出す風間さん。
 その背中を見つめ立ち竦んでいると「痴話喧嘩ってやつ?」と隣に居た迅くんから尋ねられた。年上をからかうなんて生意気だと睨みを利かせれば、「まぁ頑張ってよ」とニヤリと笑いながら応援されてしまった。一瞬、迅くんの未来予知の力を借りようかとも思ったけど、これは私と風間さんの問題だし、と思い直しその考えを打ち消す。
 風間さんも話をしようと持ち掛けてくれたし、2人でどうにか出来るのならそれが1番だ。






「まだ怒っているのか」
「……そりゃまぁ。何も解決してませんし」
「すまないが見合いは決定事項だ。もう場所も決まっている」
「そうですか」
「……なまえ」

 風間さんの紡ぐ言葉に困惑が混じる。いつも冷静沈着な彼が、こんな声色で誰かの名前を口にするなんて。聞く人が聞いたら驚くのだろう。だけど、その声を受けた私だって同じくらい困惑しているし、風間さんの困惑を受け止めるほどの余裕なんてない。だって、嫌なものは嫌なのだ。
 仕事だから。仕方がないから――どれだけそう思おうとしても、私の中で何より大事なものは風間さんだから。

「俺は、どうすればいい」
「……そんなの、私だって分かりませんよっ……」

 堤くんは風間さんも悩んでると言っていた。それは見事に的中したわけだけれど、だからといってどうすることも出来ず。ただ悩める人間が1人から2人になっただけの話。私たちは何の解決策も見いだすことが出来ず、向かい合うテーブルの中心にはグルグルと黒い空気が浮遊し続ける。

「ちょっと考えさせてください」
「……分かった」

 長いとも短いともとれる沈黙の後、互いの発した言葉は鉛が付けられたように重たいものだった。2人でどうにかしたい――この希望を叶えることはひどく難しいことのように思えてしまって、席を立って歩き出した途端どうしようもなく泣きそうになってしまった。

 このまま、だめになっちゃったらどうしよう……。
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