Proud

「なまえちゃん、ものすごい集中だね」
「一瞬たりとも見逃したくありませんから」

 試合開始と同時にデスクにへばりつくようにして試合展開を見守る私を柄長先輩が苦笑い気味で見つめてくる。何かミスを。仲間に当たる様子を。観客を睨むような態度を。何かマイナスな要素を。絶対に拾い上げて記事にしてみせる。

「あっ。……もうっ」
「あれ。もしかしてアドラーズ推し?」
「いえ。ちゃんと公平な目で見てます」
「そう……? さっきからブラックジャッカルが活躍する度に悔しがってるような気がしなくもないけど」
「い、いえ。そんなことは。……つい見入っちゃって」
「確かに。この試合は身が入っちゃうね」

 柄長先輩の言葉にギクリとしながらも後半の言葉には大きな頷きを返す。さすがV1の試合は迫力が凄まじい。選手は宮1人だけではないとアピールするかのようにそれぞれの選手が活躍を見せつけてくる。そしてその盛り上がりの中で他の選手にも負けず劣らずの活躍を見せている宮選手を見ていると、また悔しさがこみ上げてくる。

「ミスしなさ過ぎて腹立ってきた」
「なまえちゃん、鬼気迫る表情すぎてちょっと怖いよ」
「すみません、鬼気迫ってます」
「……親でも殺されたの?」

 いつもと違う形相過ぎる私を見て少し引き気味の柄長先輩。――親でも殺された。当たってはないけど離れてもない。それくらい宮選手に私のプライドを傷付けられたのは確か。恨みに近い想いを込めながら見つめるコートでは宮選手がサーブトスをあげている。エンドラインからの歩幅は4歩分。ジャンフロの歩数だけど今の彼は――

「完成させたか……」
「ここで3刀流に仕上げてくるの、さすがって感じよね」
「うぐぅ……」

 宮選手がサーブに苦しんでいることは知っていた。すかさず記事に起こそうとしたけれど、校正を入れられプラスな内容に変わりそうだったのでボツにしたのはいつのことだっただろうか。あの1件があってやはり試合での大崩れを狙うしかないと思ったことも思い出した。
 それなのに今日の試合でも宮選手は変わらぬポテンシャルの高さを発揮している。……あのファン感謝祭のスベリ具合を記事にしとくべきだっただろうかと悔しくなるくらいには今日の宮選手は完璧といっていい。

 サービスエースが決まり出したことに比例するように会場中が熱気に包まれてゆく。その熱に引き寄せられるように私の中にも興奮が湧き起こって掌をきゅっと握り込む。……スポーツってやっぱり楽しい。楽しくて仕方がない。

「おっ、いつもの表情が戻って来た」
「悔しいです」
「えっ?」
「スポーツが楽しすぎて、悔しいです」
「どうして? 最高じゃない」

 暗くくすぶっている感情は確かにあるのに、それを自分の力で消火させることが出来ない。それなのに、スポーツ観戦という楽しさは昇華させようとすらしてみせる。それが悔しくて、負けたくないという意地のようなものが顔を覗かせる。

「何回サービスエースすれば気ぃ済むねん……」
「相手にタイムアウト取らせちゃったね」

 柄長先輩のペンは忙しなく動いているのに、私のペンはぱったりと止まったまま。このままだと何も記事が出来ない。それでも試合は白熱した展開を繰り広げてゆく。
 ようやく木兎選手の背面ショットで私のペンがガリガリと走り、星海選手のレセプションで柄長先輩のペンがガリガリっと動き、更に星海選手のスパイクでその速度に拍車がかかった。

「星海選手のスパイク技術はトップクラスに居ても頭ひとつ抜けてますね……!」

 あかねちゃんの言葉に柄長先輩が春高の思い出を口にする。そうして「あれから6年星海くんを追っかけて改めて私は、彼が小さいから注目する」と続ける柄長先輩。……スポーツ選手も格好良いけれど、やっぱりスポーツジャーナリストも同じくらい格好良いと思う。私が憧れ続けた職業はとても格好良い。

「柄長先輩、やっぱり格好良いです」
「えっ……そ、そう??」

 この職業を誇りに思う。




prev top next


- ナノ -