因縁の対決

 DESEOホーネッツの取材を終え帰社する帰り道。印象的だった会話などを忘れないようにノートパソコンに打ち込む最中、あかねちゃんの「はぁ〜……」とうっとりした声が耳に入ってくる。録音していたボイスレコーダーを再生して先程の取材内容を反芻しているらしい。その様子はさながら恋する乙女だ。

「お兄ちゃんに聞かせたい」
「ってことは杖立選手のインタビューだ?」
「はい。杖立選手のアウトサイドヒッターとしての心構えとか、何もかもが最高過ぎて……後でもっかい聞こう」
「山本選手も期待の選手だし、今度取材に行きたいな」
「兄も中々格好良い選手になってますので是非! あでもVC神奈川に行くなら知多選手の取材もしたいし……」

 会話が盛り上がってゆくの感じ、思わず「私は飯綱選手に感動しちゃいました」と切り出せば「確かに!」と賛同を得ることが出来た。取材に行った時、1番に駆け寄って来て「今日はよろしくお願いします」と挨拶してくれた段階でこちらの女子3人のハートを掴んでみせた飯綱選手は、何をするにしても物腰柔らかく、取材も丁寧に応じてくれて“こんな素晴らしいセッターが居るのか”と驚いた程だった。私の知っているセッターとは大違い過ぎて、余計に胸に来るものがあった。

「次はいよいよ開幕戦だね。私たちは仙台のアドラーズ戦だから相手は……ブラックジャッカルか。てか、ブラックジャッカルのセッターって宮選手だよね?」
「……そうですね」

 心に鉛が落ちる。ブラックジャッカルのセッターは私の同級生でもあり、この道に進む後押しをした人物だ。開幕戦は宮選手から目を離さないと誓っている。

「宮選手のインタビューも出来るといいね」
「ええ。そうですね」
「逆に今まで1度も取材してないのもすごい偶然だよね」
「まぁ、そうですね」

 偶然ではない。私の意志でそうしてきた。開幕前に取材をするとなれば開幕に向けての意気込みとか、そういうプラスの内容を書かないといけなくなるから。私が宮選手の記事を書くことがあるとすれば、絶対にVリーグの試合内容に関することだと決めている。だから黒鷲旗でも宮選手のことは避け続けた。
 それに気付いていない柄長先輩は「なまえちゃんの人脈、期待してるから」と親指を立てながら微笑んでくる。

「……はい!」

 期待通りの記事になるかは分からないけれど、同級生だった故に抱えた因縁にケリをつけるその時はもうすぐそこだ。



 11月。厚手のカーディガンを羽織って訪れた仙台。いつもより多くの手荷物を抱え姿を見せた私を、柄長先輩とあかねちゃんが「気合入ってるね」と感心したように見つめてきた。確かに、今日の私は自分用のカメラまで持参してきた程には気持ちが入っている。
 手続きを終えPRESSのロゴが入ったビブスを被り腕捲りをして会場入りすれば、あの独特の空気感が身を包む。ようやく祭りが始まるのだと肌で実感し、思わず鳥肌が立つ。

「あー! なまえちゃん! 今日も格好良い俺をたくさん撮ってね!」
「撮るのは私じゃないです」
「あ、そっか」

 私に気が付くなり大手を振って駆け寄ってくるのはブラックジャッカルのアウトサイドヒッターである木兎選手。木兎選手は私が月刊バリボー担当になった頃からこうして人懐っこく接してくれた選手だ。彼にはたくさんインタビューさせてもらったし、たくさん木兎語録に悩まされもした。とにかく、頼りになる選手である。日向選手や佐久早選手にもインタビューしたいけれど、日向選手はともかく佐久早選手は無理だろう。

「試合終わりのインタビュー、待ってるから!」
「ありがとうございます」
「あ、でも。赤葦と約束してるからそれが終わったらでいい?」
「もちろんです」

 普通なら私からインタビューをお願いするはずなのに、木兎選手はこうして自らアポをとってくれるからありがたい。それに木兎選手の活躍は文字に起こすのがとても楽しいから、今まで何度も特集を組ませてもらった。そして読者の反応も良好なので木兎選手は色々と持っている選手だなと思う。

「それまでは他の選手から勝利インタビュー始めてて!」
「あ、はい」
「そんじゃ応援よろしく!」

 勝つことを前提に話を進めるあたりと“応援よろしく!”とジャーナリスト相手に言えてしまう辺りが“THE木兎”といったところ。彼のカリスマ性はすさまじい。
 けれど、私が今日狙っている選手はただ1人。ジャーナリズム精神を説かれるとぐうの音も言えなくなってしまうけれど、こればかりは譲れない。

 試合がもうすぐ始まる。




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