実を結ばぬ祈り

 試合はセットカウント3対1とブラックジャッカルの勝利で終えた。結局何1つ宮選手のネタを集めることは出来なかったけれど、その悔しさと同じくらいの割合で爽やかな読了感のようなものがある。
 ただ、私たちの仕事は取材だ。試合が終わってからが本番。

「星海くんのとこ行ってくるけど、なまえちゃんは?」
「話訊けそうな選手に声かけてみます」
「了解。それじゃまた後で落ち合おう!」

 両チームとも宮城出身の選手が数人所属していることもあって、いつも以上に選手が掴まらない。どうにか数名にインタビューを終えた頃、取材を終えた木兎選手が控室から顔を覗かせた。

「なまえちゃん、俺のプレー見てた!?」
「はい。背面ショットすごかったです」
「格好良い記事出来そう?」
「おかげさまで。ボウズは免れそうです」
「それは良かった! あ、そうだ。なまえちゃんこれから一緒に牛タン食べ行かない?」
「ぎゅ、牛タンですか?」

 なんでも、取材相手だった赤葦さんは高校の後輩で、今は大手出版会社の少年漫画誌に配属されているらしい。今日はその漫画の為の取材だったらしく、取材終わりに“牛タンを食べよう”と誘ってみたけれど“仕事がありますので”と断られたのだという。「アイツは昔も今もちっともノってくんねぇの。……ウニ丼だったら良かったのか?」としょぼくれる木兎さんに「仕事熱心なのはそれが楽しい証拠です」とフォローすれば「そっか! 楽しいなら良い!」と元気になってくれた。……のはいいけれど、どうしてそこで私に白羽の矢が立つのだろうか。

「宮城の牛タン、けた違いに美味いよな! 早く食いたい」
「確かに」
「どう? 他のメンバーにも声かけるつもりだし、なまえちゃんも良かったら!」

 他のメンバー――その言葉にピクリと体が反応する。……これはチャンスなのでは? ここでもし何かしらのネタでも拾えたなら、私の書きたい記事が書けるかもしれない。試合内容が大崩れでもすれば正々堂々と記事に出来たけれど、あの試合で非難するのは難しいだろう。……この際背に腹はかえられない。

「先輩に相談してもいいですか?」
「うん! 俺、高校の友達に会ってくるから、また声かけて!」
「ありがとうございます」

 木兎選手にペコリと頭を下げ柄長先輩のもとへと駆け出す。選手と仲良くなるにはこういう付き合いも大事だと思うけれど、下手をすれば特定の選手に肩入れをしてしまって公平な記事が書けなくなることにも繋がりかねない。……分かっているのに、特定の選手に対してそれが出来ていない事実も抱えているなんて。私はとんだ矛盾を生んでいるな。

「柄長先輩。実は木兎選手から選手たちの食事会に誘われたんですけど。行ってもいいでしょうか?」
「いいもなにも。行かなきゃ! チャンスだよ」
「でも……番記者でもないのに、」
「だからこそだよ。そうやって選手との仲を深めておけば、いつか絶対良い記事が書けるから」
「……そう、ですね」
「というわけで、その食事会私たちも参加させてもらえないかな?」
「木兎選手に言ってみます!」
「お願いします!」

 柄長先輩とあかねちゃんは「やった!」とガッツポーズをして喜んでみせるけど、私はちょっぴり複雑だ。選手と仲良くなることはもちろん望んでいるけれど、この食事会に参加することでもし……もし宮選手の良い所を見つけてしまったら。宮選手に対してもジャーナリズム精神が芽生えてしまいそうで、それが少しだけ怖い。

 木兎選手に声をかけ、快諾を得て場所を教えてもらい3人で向かったお店。そこに居座るブラックジャッカルメンバーの中に宮選手を見つけた時、私の心臓がドクンと嫌な音を立てた。




prev top next


- ナノ -