今へと繋がる思い出

 じゃがいもを植えている畑に3人で向かい、北さんが一通り目を通した後「この列はもう採ってええから。治となまえさんにはこの列お願いしてええか」と私たちに指示が下る。

「もし葉が枯れてへんやつがあったらそれはまだ採らんといて」
「分かりました!」

 北さんの言葉に2人で返事をし、腕まくりをして土に触れる。土に触れるのも一体いつぶりだろうか。それこそ、小学生の時にした農業体験が最後かもしれない。プリクラを撮ってみたりじゃがいもを採ってみたり。宮兄弟に出会わなければこの先数年は訪れなかった出来事かもしれない。

「軍手ごしでも土のひんやりした感じが伝わってきて、“土に触れてる!”って気分です」
「まんまな表現ですね」
「あはは。……なんかここ最近は楽しいことばっかりで、ちょっと夢みたいです」
「そうですか。もっぺん頬抓ってみたらどうですか?」
「ただ痛いだけなのでやめておきます」
「あん時、ものすっごい頬伸ばしてましたよね。餅みたいやったわ」
「……皮膚の伸縮性が素晴らしいだけで、決して脂肪がたくさんあるとかではないですから」
「……本人がそう言うんやったら……そうなんでしょうね」
「おかしいな。言葉のオブラートがされてるはずなのに心が抉られるぞ」

 2人で冗談をかまし合いながら手を動かし続ける。そうしていると遠い昔の、忘れることの出来ない大事な思い出がふと蘇ってきた。あの時は砂だったけど、1人でそれを持て余していた所に降りてきた「なにしとるん」という言葉。あれが全ての始まりで、今に繋がる言葉。

「なまえさん、面白いですか?」
「とっても!」
「せやろな」

 せやろな――そう言って私の横に移動し、「どっこいせ」とおじいちゃんの真似をするかのように渋い声を出しながらしゃがみこむサムくん。

「ここらへんまだありそうや。なまえさん、手伝ってくれます?」
「……あ、ハイ」

 ……なんで、どうして。あの時の男の子は侑くんのはず。なのにどうして、サムくんと一緒に居るとあの時の記憶が蘇ってくるんだろう。とっても楽しかった、あの空気感を思い出すんだろう。

「お! 出てきた! 豊作やなぁ」
「本当ですね」
「あ、なまえさん、顔に土ついとう」
「う、嘘」
「はは、なまえさんはほんまに不器用さんですね」
「……っ、」

 おにぎり宮でもそう言って笑われたっけ。あの時はなんにも気付かなかったけれど、今はどうしてだかサムくんのこのセリフが遠い昔を懐かしんでいるように思えてならない。慌てて軍手で頬を拭えば「反対や」と言いながら手の甲で頬を掠めてゆくサムくんの手。そうして「取れた」と微笑んでくるその顔を見て、“侑くんと笑った顔が似てるから”なんだろうと腑に落とす。

「私北さんにじゃがいも渡してきます」
「持てますか?」
「大丈夫です。ちょっと行ってきますね」

 じゃがいもでいっぱいになったカゴを両手でしっかりと持ち、北さんのもとへと向かう。このじゃがいもたち、あの日泥団子くんと一緒に作った泥団子と同じくらいのサイズだ。今では片手で持てるサイズだけど、あの時は両手で持ってたっけ。……それだけの時間を互いに過ごして来たんだなぁ。

「重かったやろ。すんません」
「あ、いえ。たくさん採れました」
「そうですか、えらい助かりました」
「……あの、」
「ん?」

 北さんがじゃがいもを選定している間、気になっていたことを訊いてみる。私の手のひらが大きくなる間。私はその分だけの侑くんを知らない。そして、北さんはその間を侑くんを知っている。侑くんに何があって、どんな生き方をしてきたのか、私はそれが知りたい。

「侑くんってどんな人ですか?」
「侑ですか? 治やなくて?」
「……実は昔、1度だけ侑くんと遊んだことがあって。最近再会したんです。今ではサムくんとも付き合いがありますけど。……私はまだ何も知らない気がして」
「アイツはなんて言うとりました」

 北さんの言葉で侑くんの“今の俺を見て”という言葉を思い出す。私の表情を見て自分の想定していた言葉が当たっていることを悟ったのか、「思い出なんかいらんて、ウチのスローガンやったんですけど」と話を始める北さん。北さんの喋りは淡々としているけれど、そのおかげでスッと入ることが出来る。

「侑はあの横断幕そんままの人生を歩んどうなぁと思うんです」
「思い出なんかいらん――ですか」
「あ、もちろんなまえさんとの思い出はアイツにとって大事なもんやとは思いますよ」
「そう、だと良いですけど」
「そやけど、出来るんやったらアイツの“今”を見たって下さい。ちゃんとアイツの“今”には“思い出”も含まれとうはずやし。知らん時間を後悔されるよりかはそっちのが侑は喜ぶと思います」

 そうして入ってくる言葉たちは私の心に真っ直ぐに届き、気持ちを震わせる。この人の言葉には不思議な力が宿っているような気がする。物事の本質を正確についているからなのか、それとも、北さんの持つ潜在的なものなのか。よくは分からないけど、心のどこかにあったしこりのようなものが取れた気がする。

「北さんは本当に侑くんのことをよく見てるんですね」
「そらアイツらの背中守ったらなあかんし」
「あはは、すぐ突っ走っちゃいますもんね」
「ふっ、そうです」

 2人して笑っていると「北さん、なまえさん、見て!」といっぱいになったカゴを抱えながらサムくんが嬉しそうに声を弾ませて来る。この2人の“今”を知れば、おのずと“思い出”を知ることが出来る。……だからこそ、私の気持ちは――。

「俺は“思い出なんかいらん”て言葉、実はあんまり好きやないです」
「え?」
「だって、今の俺を作ってんのは“思い出”なわけやし。“今”という結果だけを見るのも違う気がするから」
「……?」

 さっきとは真逆のことを言われているような気がして思わず傾げる首。北さんの目線が一瞬だけ私を見た後、すぐさまサムくんへと戻り「どうか結果だけを見んと、“思い出を含めた今”を見たってください」と続く願い。……なんとなくでしか捉えきれなかったけれど、ちょっとだけ、ほんの少し、北さんの言わんとすることが分かった気がするから。その横顔をじっと見つめた後私もサムくんへと目線を移す。

「どちらともにも囚われ過ぎず、どちらともを大切に出来るように……難しいかもしれませんけど。出来るような気もします」
「そら良かったです」

 サムくんの顔、土がついてる。私のことを“不器用”だと笑ったけれど、サムくんだって不器用な所あるじゃないか。頬、と自分の頬を指差しながら伝えようとしても、「ん? なんですか?」ときょとんとした表情を浮かべたままのサムくん。その姿に笑い、サムくんのもとへと歩み寄って「不器用さんですね」と言いながら手の甲で拭い返してみせればサムくんの顔が照れ臭そうな表情に変わり「あ、す、すんません……」とぼそぼそとお礼を言われる。……この気持ちの正体が分かる時もいつかきっと来るはずだから。今はきっと、大事なその過程を歩んでいる道中。

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