同じ色に染まる2つの心臓

 北ファームで充実した時間を過ごし、日も暮れかけた頃合いでお暇することになった。収穫したじゃがいもだけでなくその他の旬野菜もお裾分けして貰い、サムくんが持って来ていたクーラーボックスはずっしりと重たそうだ。

「今回もぎょうさんお裾分けして貰うて。ほんまにありがとうございます」
「ええよ。俺も丹精込めて作ったもん誰かにうまい言うて食べて貰えるんは嬉しいし」

 お裾分けはサムくんだけでなく私にもあった。1人暮らしでも持て余さないくらいの量を袋に入れてくれて、「足りんかったら治から貰うて」と微笑む北さんに「ありがとうございます!」と元気な声で返せば北さんの表情も柔らかく緩む。

「なまえさんには譲りませんよ」
「えっ、」
「そん代わり、食べさせたる」
「……意地悪のようで意地悪じゃないですね」

 北さんの野菜をサムくんの手によって調理された料理として食べられるのなら、これからも足繁くおにぎり宮に通わないとだな。そんな風におにぎり宮の常連客度合をあげていると「ほんなら暗くなる前に」と北さんの言葉がお別れを締める。

「はい、またなんかあったら頼らさせて下さい」
「またいつでも来てや。なまえさんも、いつでも来たって下さい」
「はい! 人生に迷ったら、いや迷わなくても来させて頂きます!」
「人生て」

 かけこみ寺みたいやなと笑う北さんはすぐさま真顔に戻り、「治と侑のこと、よろしゅう頼んます」と軽く頭を下げてくる。……北さんにとって、侑くんもサムくんも未だ背中を守るべき可愛い後輩なんだろうなぁ。

「こちらこそ、です」

 名残惜しくもあるけれど、またいつか来れる日を願いながら北家を後にする。……こんなにも心地が良い疲労感は久ぶりだな。今日は良い夢がたくさん見れそうだ。

「陽が落ちるのが早くなりましたね」
「そうですね。……ここで見る夜空は星が綺麗なんでしょうね」
「いつか来れたらええですね」
「ですね。いつかきっとまた」

 また、一緒に。……サムくんと、来れたらいいな。



「なまえさん、良かったらあの店寄ってええです?」
「あ、はい。……どうかしたんですか?」

 山道を行きよりも安全運転で越え、日常的に馴染みのある景色が戻ってきた頃サムくんが洋服屋を指差し寄って良いかと許可を取ってきた。そのことを不思議に思えば「土、というか泥が付いてしもうて。店帰るし着替えときたいなぁと思うて」と種明かしを受ける。

「泥? あ、ほんとだ。全然気付きませんでした」
「だって隠しとったし」

 私が北さんの所に行っている間、大きなじゃがいもと綱引きして反動で転んだというネタを今になって暴露するサムくん。それに笑いながらどうして最後まで隠し通さなかったのかと問えば「閉店間近なってしもうたし」と唇を尖らせながら駐車場に車を停める。

「そういうなまえさんだって土付いてますから」
「えっ? あ、ほんとだ……! 洗ったら取れるかな」

 手早く用事を済ませようと思っていたけれど。気が付けば2人して洋服を手にとっては“あぁでもない”“こうでもない”と頭を悩ませて。

「普段黒っぽいのしか着らんし、どうせなら挑戦したいです」
「どうせイケメンは何を着ても様になるんですよ」
「なまえさんにイケメン言うて貰えたし、ちょっと攻めたファッションしてみよかな」

 そう言ってサムくんが手に取った洋服はぴちぴちの豹柄シャツに、ゼブラ柄のショートパンツ。「どう? 様になっとう?」と訊いてくるのと、私が吹きだすのはほぼ同時。……さすがに攻め過ぎでしょ。

「ちょっとずつにしましょう。さすがに攻めが渋滞してます」
「いやぁ、今日挑戦せんとと思うて」
「あはは! その精神は嫌いじゃないですけど。このセット着たサムくんの隣歩くのはちょっと勇気要りますね」
「そうですか……ほんなら諦めよ」
「なんでちょっと気に入ってるんですか」

 豹とシマウマを名残惜しそうに手放し、「やっぱり黒かなぁ」と再び悩みだすサムくん。私もついでだし、寝間着用のスウェットでも買って帰ろうかな。そう思ってスウェットコーナーに行きダーググレーのスウェットを手に取る。下に着こんで寝たいし、Lサイズにしとこうかなと悩んでいると「俺もスウェットでええかな」とサムくんの手が伸びる。

「今日挑戦するんじゃなかったんですか?」
「挑戦するよ。せやから色、黒やなくてダークグレーやん?」
「さっきの精神どこ行ったんですか」

 サムくんと入る洋服屋は危険だ。こんなに泣き笑いするなんて思いもしなかった。2人してスウェットをレジに持って行く間も、先ほど別れを告げた豹柄とゼブラ柄を名残惜しそうに見つめるから、買えば良いのにと爆笑して。車に乗り込んでからも「数日後またここに来そうや」と本気にも聞こえるトーンで呟くサムくんにもうお手上げだと涙を零し。
 そうしてどうにか車を発進させた車内でふと思い立つ。スマホを取り出し緑のアイコンをタップし立ち上げた後、「よし」と呟けば「ん?」とサムさんが不思議そうに声をあげた。

「ラインのアイコン、今日撮った風景にしたんです」
「あぁ。そういえばなまえさん、こないだ撮った写真にしないんですか?」
「おにぎり宮のやつですか? んー、あれも悩んだんですけど。なんか、匂わせというか自慢になっちゃう気がして」
「そうですか? 単純にファンなんやなぁ、くらいに思いますけど」
「なんかでも実際こうして侑くんやサムくんとファン以上、客以上の付き合いをさせて貰ってるわけだし……って、勝手に思ってるだけですけど」
「……いや、そんなことないですよ。……なまえさんとは縁を感じます」

 サムくんにぼそっと呟くように言われ、頬が熱を持つ。“縁を感じる”と言われて、体が喜びで湧いているような感覚になる。縁があるから――北さんとも出会えたし、この感情に気付くきっかけにも出会えたんだと思う。

「そう思って頂けると私も嬉しいです」
「……あ、そうや。次ツムたちが試合する相手、レッドファルコンズですよね」
「あ、はい。行きたかったんですけど、県外なんで大人しく配信を見るつもりです。サムくんは出店されるんですか?」
「実はその日、店舗の点検日で立ち会わんとあかんくて」
「そうなんですね」
「店も開けられへんし、大人しゅうテレビで観よ思うてます」
「じゃあ私たちは在宅組ですね」
「ですね。折角やからアランくんに会いたかった気はせんけど」
「しないんだ」

 たまには会いに来いやって話ですよ。とぼやくサムくんは本当にアランさんに懐いているんだなってことが分かるし、きっとアランさんはそういうサムくんのことを愛のあるツッコミで受け入れてみせるんだろうなとも思う。それはきっと、侑くんも同じ。
 この双子は色んな人から可愛がられてきたんだろうなってことは2人と接していたら分かるし、今日の北さんを見て確信した。……きっと、この双子の思い出は稲荷崎にあって、バレーにあって、おにぎり宮にあって、過去にある。そうして繋がったものを“縁”と呼び、今こうして関りを持つことが出来ている。

「今、出会えて良かったです」
「ん?」
「もっと早くに出会いたかった気もしますけど、“今”こうして関りを持てたことがとても嬉しいです」
「…………うん。せやな」

 サムくんの言葉は少しだけ間を開けた後、自分の中に落とし込むようにゆっくりと放たれた。そうして続けられる「良かったら今度の試合、ウチで一緒に観ませんか?」という誘い。その言葉はサムくんも私との縁と大事にしてくれているように感じられて、私はまたしても体が熱くなる。

「是非。一緒に観たいです」

 1人で観るより誰かと――サムくんと一緒に観たいと心から思った。

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