Grab The Fate


「はわっ!?」

 ガバっと起き上がると見慣れない部屋から出迎えを受けた。ここはどこだ? というかなんでここで寝てるんだ? まずい、昨日迅くんに「後は頼んだ」って言ってから先が記憶にない。頭が痛いとか、体が怠いとかはないけど。私って下戸だったんだ。ここが病院じゃないことは確かだけれども、まぁまぁ一大事じゃないか? コレ。

「……ボーダー!」

 垂れた髪の毛を掻きあげると同時に脳内に“ボーダー”の文字があがってくる。まずい、仕事行かなきゃ……っていうか今何時!?
 足を縺れさせながらベッドから這い出れば、サイドテーブルに乗った携帯とミネラルウォーターのラベルが貼られたペッドボトルを見つける。そのペットボトルの下にメモを見つけ、それに目を通すと“体調はどう? 今日は特別休暇にしとくから。ゆっくり休んで。 唐沢”と几帳面な字が黒いインクで走っていた。

「か、らさわさんっ……!」

 私がここに居る理由にある推測が立つ。昨日……きのう……私……。ぼんやりと残る記憶を手繰りよせれば、ものすごい言葉たちが蘇ってくる。まずいまずいまずい……迅くん、一大事なんですけど!?
 ひとまずシャワーだけ浴びて家に帰ろう。……まさにぃのこと何か言ったっけ? あぁ、どうしよう。記憶が儚過ぎる……。



「なまえさん、おはよう」
「じ、迅くん……!」
「昨日はありがとうね」
「……待って……。まさか、食事代も唐沢さんが……?」

 急ぎ足で外に出れば未来視で予知していたのか、迅くんが待ち構えていた。“後は頼んだ”と言ったじゃないかという気持ちを乗せてちょっと! っと詰め寄ると「待って待って。なまえさん、ちょっとだけ話さない?」と両手で宥められてしまった。……お酒飲んで記憶なくしたのは私の責任だ。迅くんに怒るのはちょっと違ったか。

「昨日はお騒がせしてすみませんでした……」
「いやいや。久々に楽しい予知が出来てよかったよ」
「……迅くん」
「あはは、ごめんごめん」

 迅くんの言い草にムッと来て、ジト目を送れば今度は両手を挙げて降参ポーズを見せる。こっちは楽しい予知のおかげで大変な目に遭っているのですが。

「この後唐沢さんに連絡するんでしょ?」
「電話するか直接行くか悩んでるところ」
「じゃあその前におれと恋バナでもしてかない?」
「……は?」

 抜け落ちていった呼吸音は、白い息に変わって流れてゆく。それが街の雑音に紛れて分からなくなるように、私は迅くんの言っている言葉の意味が分からない。迅くんって一体何を考えてるんだろう。本音が読めない辺り、唐沢さんみたいだ。

「なまえさんは好きな人居る?」
「す、きなひと……そ、れは……」

 恋バナって本当に恋の話なんだと途端に頬が熱くなる。もしかして私、まさにぃへの思いの丈ぶちまけたとか? まさにぃを追いかけてボーダーに入ったこととか、全部言っちゃった?

「知ってるんでしょ?」
「まぁ。言われなくても視えるしね」
「……じゃあ隠す必要もないか。私、忍田本部長に小さい頃よく遊んでもらってたんだ。その頃からずっと、忍田本部長のことが好きなの」

 この先ずっと隠すなんて無理だし――と開き直って想いを伝えれば「あぁ、なるほど。そういうことね」と何かに納得する迅くん。迅くんの未来では私とまさにぃってどうなってるんだろう?

「忍田さん、モテるからなぁ」
「やっぱそうなんだ……。そうだよね……そう、だよね」
「あ、ショック受けてる」
「でも納得してる自分も居る」

 優しくて穏やかで、だけど堅苦しくなくて。困ったように笑う顔はどこか可愛らしさを滲ませて。その真ん中には強さを据えているまさにぃは、誰からどう見たって格好良い人でしかない。だから、私もまさにぃのことを好きになったんだ。

「なまえさんは、忍田さんとどうなりたい?」
「私は……」

 そんな人が私を想ってあんなに苦しい気持ちを抱えてたことが辛い。私がまさにぃの弱さになってしまうかもしれないと思ったら、苦しくなった。私は、まさにぃが辛い時、苦しい時、傍で支えたいって思う。――私は、まさにぃと対等に想い合えるような関係になりたい。

「迅くんの力があったら、私の運命も視えるのかな」
「視えたとしても、分岐点なんて意図せずやって来るし、どれを選ぶかはその人次第だよ」
「ごめん、軽率なこと言っちゃった」
「ううん。分かるよ、その気持ち。おれだって最善が分かるなら手繰り寄せたくなるし」
「……良い選択には何か印でもあれば良いのにね。糸が見えるとか」
「運命の赤い糸ってやつ? それが視えるなら本当に願ったり叶ったりだけど。あれだって、いつ解けるか、誰と結ばれるか、案外簡単に変わるもんだからね」
「……運命の赤い糸、ね」

 もし、私にもその糸があるのなら。その先に居るのは誰なんだろう。私の糸は、誰と結ばれるんだろう? 視たいような、視たくないような。複雑な気持ちだ。

「問答無用で視えちゃう迅くんはやっぱり大変だよね」
「……まぁ確かに良いことばかりではないけど、この力のおかげでおれは今ここに居られるから」
「迅くんってとっても強いんだね。……私より何倍も」
「……実は、これを伝えたくて来たんだけど。近い未来、近界民の侵攻が予測されてて、忍田さんは今、それを防ぐために奔走してる」
「……えっ」

 迅くんのサイドエフェクトは本物だって理解してるし、今このタイミングでそれを私に言うことにも大事な理由があるんだろう。目線で続きを促せば、「最悪、色んな人が死ぬパターンもありえる」と残酷な未来を口にする迅くん。

「そ、んな……」
「今回のは結構大規模だから。……何かある前にきちんと話した方が良いんじゃないかな」

 迅くんが視てる様々な未来のどこかに私が後悔する未来があるってこと。迅くんは私がその未来を歩かないで済むように、こうして教えに来てくれたんだ。……迅くんはこれまでに何度悲しい未来を1人で味わってきたんだろう。迅くんのことを思うと胸が痛くて堪らない。

「そんな顔しないでよ。おれも忍田さんも、みんなしたくてやってることだし」
「でもやっぱり理不尽だって思っちゃうんだよ。どうして強い人ばかり背負うんだろうって」
「なまえさんはとことんフェアでいたいんだね。……おれ、なまえさんも強いと思うな」
「……そんな。私なんて……」
「大丈夫。どう転んでも、なまえさんのことを支えてくれる人は居るから」
「……ありがとう、迅くん」

 体調も大丈夫そうで安心したと笑う迅くんに改めてお礼を告げ、今度こそ私がご飯を奢るからと約束し迅くんと別れる。
 迅くんから力を貸して貰えたんだ。強くて優しい人ばかりが辛い思いをすることのないように。……視えなくても、少しでも良い未来を手繰り寄せられるように。




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