カンクロウさんに連れられ辿り着いたのは1軒の大きな家。豪邸を見上げて立ち竦む私とは裏腹に、カンクロウさんとテマリさんは慣れた足並みで門をくぐってゆく。

「久々だな、ここは」
「もう向こうが自分の家って感じじゃん」

 お二人の会話からここが実家であることを察する。それならこの豪邸も納得だ。なにせ里長の家なのだから。それにしてもこんな立派な家、初めて見た。風影の執務室がある建物も立派だけど、民家としての豪邸はここがトップだ。ちょっと羨ましい。

「なまえ」
「あ、今行きます」

 庭先にある池と、盆栽棚に並ぶ植物を見つめていればテマリさんに名前を呼ばれ歩みを進める。あのサボテン、カンクロウさんが栽培してるのかな。

「お邪魔します」

 ひょっこりと窺うように敷居を跨げば、中も広々としていて思わずぐるりと眺めてしまった。「わぁ」と漏れ出た声に「いうほど豪邸じゃねぇからな。ココ」とカンクロウさんが苦笑交じりに告げる。

「ずっとシカダイを抱えてもらってすまないね」
「いえ! ありがとうございました」

 テマリさんにシカダイくんを渡し、靴を脱いで自宅にあがる。通された居間には先ほど見たサボテン達が縁側の向こうに居て、今度は近距離での再会を果たす。花が咲いているものや、トゲトゲしたもの、色んな種類があって興味をそそる。あとでカンクロウさんにお願いして見せてもらおうかな。

「土産持って来たんだ。茶を淹れるから一緒に食べよう」
「あ、手伝います」

 テマリさんの後に続いて台所へと向かう。勝手知ったる我が家なので、テマリさんのテキパキと動く作業の手伝いはあまり出来なかったけれど、それでもテマリさんは「助かった」と優しく微笑んでくれた。

「なまえの血継限界って、何なんだ?」
「氷遁です。でも、どうやって出すのかもあまり分かってなくて」
「そうか。そういえばナルトが昔氷遁使いと戦ったことがあるって言ってたな」
「ナルト、さん?」
「木の葉の忍だよ」
「そうなんですね。……私以外にも氷遁の血継限界を持った方が居るんですね」
「あぁ。……もう亡くなったみたいだけどな」
「そうですか……」

 一瞬沈んだ空気を悟ったテマリさんが「わ、悪い! さ、食べよう」と明るく笑って円卓にお茶と茶菓子を並べる。畳に座っていたシカダイくんが近寄ってきて、服の裾を掴めばそれに応えるようにテマリさんがシカダイくんを抱っこする。シカダイくんを見ていれば不思議と心が穏やかになるから、おかげですぐに気を取り直すことが出来た。子供の力は偉大だ。

「遅くなってすまない」
「我愛羅! 久しぶりだな」
「仕事片付いたのか?」

 カンクロウさんの問いに「とりあえずは」と言葉を返しながら座る我愛羅さんの目線はシカダイくんに向かっている。「また大きくなったな」と微笑む顔は、やっぱりカンクロウさんやテマリさんとそっくりだ。シカダイくんも我愛羅さんに向かって笑い返し、嬉しそうに声をあげて応える。ここ最近我愛羅さんが忙しそうにしていたのは、おそらくテマリさんとシカダイくんに会う為だったのだろう。

「私、お茶淹れてきます」
「頼んでもいいかい?」
「もちろんです」

 俺が行くじゃん、と立ち上がろうとしたカンクロウさんを制し向かう台所。他人様の台所を使うのは気が引けるけど、せっかく兄弟揃ったんだしゆっくりして欲しいという思いが勝った。一応許可は得ているし、どこになにがあるかもさっきので覚えている。

「なまえ」
「我愛羅さん。ゆっくりしていて下さい……って私が勝手にご家族の団欒に入り込んじゃってるんですよね。すみません……」

 お茶を蒸らしていると我愛羅さんが顔を覗かせに来た。きちんと出来るか心配だったのかな、と思いながら我愛羅さんの声に反応すれば「それは構わん。いつかテマリにも会わせたいと思っていたからな。……それより、明日の昼なら氷遁の訓練に付き合えそうなんだが。都合はどうだ?」と問われハッとする。もしかしたら我愛羅さんは、私に時間を割く為にも日々激務をこなしていたのかもしれない。
 
「お忙しいのに……本当に申し訳ないです」
「いや。オレこそ仕事にかかりきりでなまえにまで気をまわしてやれなかったからな」

 コポポ、と湯飲みに注がれていくお茶は湯気を立たせ温度の高さを示す。今、私の心臓を可視化出来るのならば、この湯飲みのように湯気がのぼるのだろう。ここに来てから、毎日胸が温かくなる出来事ばかりだ。こんなに嬉しい言葉ばかりもらっていいのだろうか。私も何かお返しをしたいけれど、残念なことに何も思いつかない。

 2人で居間に戻れば「密談は終わったか?」とカンクロウさんがニヤニヤとした顔つきでからかってきた。「そういう類のものではない」と我愛羅さんは冷静にいなして円卓に腰を据え、置かれた茶菓子を見て「気を遣わせたな」とテマリさんを気遣ってみせる。
 正直、我愛羅さんはカンクロウさんより大人びて見えるし、子供のように口を尖らせるカンクロウさんは末っ子みたい。テマリさんは長女らしくカンクロウさんの肩を叩いて叱っているし、兄弟間のバランスが良いのだろう。仲が良さそうでなにより。

「なまえって酒は飲めるのか?」
「今年二十歳なので、年齢的には飲めるようになりました」
「なんだ、まだ飲んだことないのか?」
「機会がなくて」

 そう答えると、「それじゃ今日は付き合ってもらおうか」とテマリさんが怪し気に笑う。それを見たカンクロウさんはうげぇっと思いきり歪めたので、どうやらテマリさんは酒豪らしい。私はお酒を飲んだことがないので、自分が強いのかも、どれだけ飲めたら強いのかも分からない。

「私で良ければ是非」
「おいやめとけなまえ。朝までコースだぞ」
「あ、朝まで……」
「俺も成人した日に付き合わされたけどな、あれから4年経った今でも酒で苦い思いをしたのはあの日だけじゃん」
「えと……私明日はちょっと大事な用が……」

 チラリと我愛羅さんに視線を伸ばせば、「デートか」とテマリさんからからかれ、心臓がドクンと音を立て血液を体中にまわしはじめる。テマリさんのからかいはカンクロウさん以上に大胆だ。

「そ、そういう類のものではっ」
「安心しな。シカダイも居るし、朝までは付き合わせないから」

 そういうことなら、と頷きを返せば「よし! 決まりだ」と嬉しそうに腰を上げ「酒、まだあったろ?」とカンクロウさんに尋ねるテマリさん。カンクロウさんも諦めたのか「あぁ。こないだ買い足しといたじゃん」とこの事態を見越していたことを白状する。そうして2人が持って来た酒の量に目を見開き、これだけのお酒を一体どれだけの時間で飲み干してしまうのだろうかと戦慄した。



「オレはそろそろ」
「飲まないのか?」
「これから帰ってやりたい仕事があるんでな」
「そうか。大変だな、風影は」
「そうでもない」

 1時間くらい経った所で、我愛羅さんが腰を上げた。そうでもないと答える我愛羅さんの顔は確かに嫌悪感などは浮かべていない。シカダイくんを見つめ、頭を撫でた後「ではなまえ、あまり飲み過ぎるなよ」と言われ「あ、はい」と返事をすれば玄関へと歩き出す我愛羅さん。やっぱり、私のせいで仕事量を調整させてしまったのだろうか。せっかく兄弟が揃う日だったっていうのに。

「どうしたなまえ」
「明日、氷遁の訓練に付き合って頂くことになったんです。そのせいで仕事量調整させてしまったのかなって……」
「いや、アイツは前からそうじゃん」
「我愛羅は皆に受け入れてもらおうとずっと努力してきたからな」

 2人の顔はどこか誇らしげで。我愛羅さんはたくさんの人から愛されているんだってことが伝わってきて、思わず頬が緩む。

「我愛羅さんを変えたご友人に会ってみたいなぁ」
「あ、そうだ!」

 ポツリと言葉を漏らせば、テマリさんがハッとして力強い声をあげた。見開いた目を私に向けながら「なまえ、木の葉に来なよ!」とこちらがビックリする言葉を続けるテマリさん。一体どういう話の流れなんだろうと負けじと目を見開いてみせれば「さっき言ったナルトって忍、それがそのダチだよ」と言われもう1段階目を見開く。

「里に戻ったらナルトに話通してみるよ」
「ありがとうございます! 私以外の氷遁使いの方のことも訊いてみたいです」
「ナルトが人に説明とか出来んのか?」
「ナルトさんってどんな方なんですか?」

 2人に尋ねれば、酒を口に運びながらしみじみとナルトさんのことを語りだす。我愛羅さんのご友人だし、きっと冷静沈着で頭も良くて、大人びた人なんだろうとイメージを膨らませていたから、「バカ」とか「落ち着きがない」とか出てくるワードにぎょっとしてしまった。

「でも、良いヤツだ」
「あぁ、だな」

 そう結ばれたナルトさん像。それまで描いていた人物像は白紙になってしまったけれど、2人の話を聞いて余計に会いたくなった。それに、木の葉の里にも行ってみたい。明日、我愛羅さんに相談してみよう。
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