優しい温度でできている

 砂隠れの里に住むようになったのはいいものの。ここでの生活は、ありがたいことに衣食住の全てを保証してもらっているし、1日の終わりをふかふかのベッドが締めくくる。
 熟睡はまだ出来ないけれど、氷遁を使う程の危険が身に迫ることは皆無といっていい。180度変わった生活に戸惑うのはもちろんだけど、それ以上に困るのは“何をしたらいいか”という焦りだ。

 朝起きたらまず風影の執務室に足を運び、我愛羅さんと挨拶を交わす。我愛羅さんはいつもそこに居て、「おはよう」と返す間も手元の資料と睨めっこを続けている。もしかしたら瞳を覆うクマは風影の仕事のせいで出来たものなんじゃないか――そう思うくらい我愛羅さんは毎日忙しそうだ。
 初日は挨拶を交わした後に、さてどうしたものか――と困ってしまい、しばらく我愛羅さんの前から動くことが出来なかった。

「あの……私、何をしたらいいでしょうか?」

 声をかけるのも気が引けたけれど、ずっと目の前に居ることのが迷惑だと判断して声をかけた。そこでようやく我愛羅さんの意識が私に向き、「気がまわらずすまない」と詫びを入れてから継いだ「では……」の後が続かなかった。

「あっ。じゃ、じゃあ本をお借りしても?」
「あぁ。機密書類さえ控えてくれればあとは好きに読んでもらって構わない」
「ありがとうございます」

 そうして数日。丸秘と印字された本や、開くことさえかなわない本以外はほとんど読み終わってしまった。中にはまるで内容が分からず読み飛ばしてしまったものもあるけれど。本を読んでいる間は意識を集中させることが出来るし、我愛羅さんの邪魔もせずに済んだ。時折執務室に入ってくる方は私を見るなりぎょっとしたけれど、数日もすればそれも止んだ。

 部屋の片付けをしようかとも思ったけど、勝手に資料に触れるのもはばかられるし、何より散らかっていない。執務室は元々質素な作りだし、我愛羅さん自身が整理整頓をしっかりしている。
 我愛羅さんと2人で過ごす空間は決して気まずいものではないけれど、することがないのは居心地が悪い。我愛羅さんが忙しそうにしている傍らなのでなおさら。

 今日はあの本を読み返すことにしよう――以前読んだ本に手を伸ばした時「なまえ」と我愛羅さんが私の名前を呼んだ。

「ずっとここに居なくてもいい」
「え?」
「もうあらかた本は読んだのだろう」
「あ、えと……はい」
「この里を散策するなり、好きに過ごしていい」
「いいんですか?」

 我愛羅さんの言葉に確認を重ねれば、肯定の頷きを返される。“傍に居ろ”というのも、“好きに過ごしていい”というのも我愛羅さんの言葉だ。この言葉に喰い下がる理由はない。我愛羅さんは既に目線を書類へと落としている。余計な時間を取らせるだけだと思い、執務室をそっと退室することにした。



 好きに過ごしていいと言われたけれど、さてどこに行けばいいものか。砂隠れに来てからカンクロウさんと我愛羅さんとしかまともに会話していないし、右も左も分からない里を1人で出歩くのはどうも気が引ける。かといってもう1度執務室に戻るのはもっと気が引ける。私が執務室に居る間、我愛羅さんはずっと気が散っていたのかもしれないし。

「なまえじゃん」
「カンクロウさん!」

 顔見知りといえる人物の1人に声をかけられ、はしゃいだ声で反応してしまった。ハッとした私を「我愛羅にこき使われまくってんのか?」としたり顔で笑うカンクロウさん。からかわれていると分かってはいても、「違いますっ」と慌てれば「分かってるって」と今度ははにかみながら頭を撫でられた。

「にしても。籠り姫が珍しいな」
「こもりひめ?」
「こっちの話じゃん」

 気になる言葉を疑問に思っても、さらりと躱されてしまえば追究は出来ない。不審に思いながらも行く当てがないことを告げれば「じゃあなまえも一緒に迎え行くか」と提案された。

「迎え? どなたのですか?」
「テマリ」
「テマリさん、とは……」
「オレの姉」
「えっ!」

 カンクロウさんにお姉様が居るなんて知らなかった。2人兄弟なんだとばかり。衝撃の事実に目を見開けば、テマリさんは2年ほど前に木の葉の忍と結婚し、木の葉隠れの里に嫁ぎ、去年子供を産んだのだと教えてくれた。今日はその子供を連れて里帰りする日なのだという。
 カンクロウさんに事情を教えてもらいながら歩く街並み。今は目的地があるから足早に通り過ぎるだけだけど、いつかは散策してみたいとも思う。私が住む里なんだし、ちゃんと知っておきたい。
 ぼんやりと街の景色を眺めていると「テマリは結構怖ぇから、気を付けるじゃん」と脅しのように言われ、思わず笑ってしまう。カンクロウさんと我愛羅さんのお姉様だ。優しいに違いない。きっとカンクロウさんのようにおおらかで、我愛羅さんのように穏やかなんだろう。

「そんなワケ「カンクロウ! 遅いぞ!」

 そんなワケないじゃないですか――という言葉は、鋭い声にぶった切られた。この里でカンクロウさんのことを呼び捨てにする人は数える程。少なくとも、女性は居ない。だけど今の声は明らかに女性の声。……ということは。

「ん? 誰だアンタ」
「は、初めましてっ。みょうじなまえと申します!」
「なまえ? カンクロウの部下か」

 子供を抱き、背中には大きな扇子を背負っている女性。合わせた視線は鋭く、射抜くように私を見つめている。カンクロウさんが言った言葉を体で実感し、思わずカンクロウさんの後ろに隠れれば「なんだ、カンクロウの彼女か」と勘違いされてしまった。

「お前もようやく家庭を持つつもりになったか」
「違うじゃん。なまえは最近里の住人になったんだ」
「ん? ならどうしてわざわざ私の出迎えに来るんだ」
「あ、えっと。実は私、血継限界を持っていて……。それで、うまく力をコントロール出来ないので、我愛羅さんの傍に置かせて頂くことになってるんです。……すみません」

 テマリさんに向かって言葉を発するのが怖くて、尻すぼみしてゆく声。自然と謝罪の言葉まで付けてしまった。“しっかりしろ!”と喝を入れられるかもしれない――と勝手に怯えていると、「そうか。色々大変だったんだな」とテマリさんがはにかんだ。

「似てる……」
「ん?」
「あ、いや。カンクロウさんと笑った顔が似てるな、って」
「そりゃあ血が繋がっているからな」

 テマリさんは確かに怖い。でも、怖いだけじゃない。ニカっと大胆に笑う顔にはカンクロウさんと我愛羅さんに似た温かさを感じる。兄弟って、いいなぁ。

「我愛羅は? 仕事か」
「あぁ。もう少ししたら来るだろうし、先に行くじゃん」
「そうだな。それにしてもいくら世の中が発展したとはいえ、里を跨ぐのは大変だな」
「今回はシカダイ連れてだったしな」

 まぁな、と言いながら目線を子供に落とすテマリさん。目つきがテマリさんそっくりだ。キリっとした顔つきは将来テマリさんのような子供になることを予感させる。シカダイくんを見つめていると、シカダイくんが微笑んでくれた。

「なんだシカダイ。もう女性が気になるのか?」
「ふふっ。シカダイくんは将来男前になりそうですね」
「だといいんだが。ただ、三禁には気を付けないとな」
「あ、本で読みました。“酒・金・女”ですよね」
「あぁ。ただまぁ、ウチのみたいに全部“めんどくせぇ”って興味を示さないのも困るけどな」
「確かに。それもそうですね」

 同意を示すと「カンクロウもだぞ」とテマリさんは目を尖らせ、カンクロウさんに矛先を向けた。

「オレはめんどくさいんじゃなくて、暇がないんじゃん」
「シカマルには暇があるってことか?」
「……別にそういうんじゃねぇじゃん」

 唇を尖らせ参った、とポーズをとるカンクロウさん。私が想像した“怖い”とカンクロウさんが言った“怖い”はどうやら別の意味らしい。兄弟のやり取りに笑っていると、シカダイくんが手を伸ばしてきた。

「気に入られたな」
「あの、抱っこしてもいいですか?」
「あぁ」

 テマリさんからシカダイくんを受け取り、両腕でしっかりと抱き締める。首がすわっているシカダイくんはきょろきょろと辺りを見渡した後、私の顔を見つめ満足そうに笑う。それが可愛くて、思わず私も笑ってしまう。こんなにも愛おしい存在がこの世には居るのだ。お父さんやお母さんにとって私もそうだったのだろう。

「子供っていいですね」
「なまえもいつか子を持つ日が来るかもな」
「そうだと嬉しいです」
「自分の子ってのは、格別に可愛いもんさ」
「シカダイくん以上に可愛いと思えるでしょうか?」
「あぁ。私は、この子為になら死んでもいいと思える」
「……そっかぁ」

 私のお母さんも、こういう人だったのかな。
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