木洩れ日と真昼の光路図

「なまえは優秀だな」
「我愛羅さんの教え方がお上手なんです」

 チャクラを練る――この感覚は水を出す時と同じ。そして、氷遁を出すには水遁に風遁の性質変化を加える必要がある。“血継限界とは2つの性質変化を同時に出すこと”と執務室で読んだ本に書いてあった。当時は「なるほど」と思ったけれど、いざ意識して氷を出そうとしてもうまくいかないもので。
 苦労すること1時間半。我愛羅さんおかげで、術の発動はまだ無理だけど何とか氷を自分の意思で生み出すことが出来るようになった。

「知らず知らずのうちにチャクラを操ってたんですね、私」
「この力を戦いに使うことがないといいが」
「そうですね。……もう誰かを傷付けることはしたくないです」

 休憩しようと言われ我愛羅さんの隣に座れば、私たちの上を砂が覆って日陰を作り出してくれる。この砂も母様が与えてくれた力なのだと教えてくれた我愛羅さんは、柔らかく微笑んでいた。この砂のように、私の氷も誰かを助け守ることに使えると嬉しい。

「……あ」
「どうした?」
「実は昨日、“木の葉に来ないか”ってテマリさんに提案頂いてて」
「木の葉に?」

 我愛羅さんが帰った後に交わした会話の内容を告げれば「そういうことか」と納得してくれた。「そういうことならばオレも賛成だ」と頷いてくれる我愛羅さんに「でも、」と言葉を返せば我愛羅さんが窺うように顔を覗き込んできた。

「氷遁の使い方は我愛羅さんのおかげである程度理解しましたし、木の葉に行く理由がないかなって」
「……木の葉はここ以上に発展している」
「カンクロウさんもそうおっしゃってました」
「観光地もたくさんあるし、息抜きにもなるだろう」

 さらさらと地面を滑る砂を見つめる我愛羅さんの声色は穏やかで。「オレも、ナルトのことはなまえに知っておいて欲しい」と続ける表情は昨日見たカンクロウさんやテマリさんと同じくらい誇らしげだ。ナルトさんはきっと、我愛羅さんにとって自慢できる友達なんだろう。

「テマリさんに、お願いしてみようかな」
「あぁ。オレも一緒に行ってやりたいが、しばらくは無理そうだ」
「……そうですか」

 我愛羅さんの忙しさはじゅうぶん理解しているので、喰い下がることはしない。でも、心のどこかで一緒に行きたかったと思うのも事実。

「木の葉に話をして日程を整えておこう」
「ありがとうございます」
「それと護衛を付ける」
「護衛だなんて……雷車もありますし、襲われる身分でもないです。それこそいざとなれば氷遁だって」
「いいや。護衛は付ける。でなければ許可は出来ん」

 きっぱりと言い切られ、分かりましたと折れる。確かにいくら氷遁を使えるようになったとはいえ、まだ出せるだけで使いこなしは出来ない。護衛に就く方の仕事を増やすことになってしまったと申し訳なくなって顔を俯かせていると、我愛羅さんの手が肩に置かれた。

「なまえはこの里の人間だ。何かあったらオレは風影として守る義務がある」
「……ありがとうございます」
「それに、こうして他里を行き来する関係というのは交流においても重要な役割があるんだ。なまえが気に病むことはない」
「我愛羅さん……」

 優しく微笑んでくれる我愛羅さんは立派な風影様なんだと、誇らしい気持ちになった。この気持ちは、私も砂隠れの一員になれている証拠なのだろうか。


 
「別の任務でオレは同行出来ねぇけど、先生が一緒なら安心じゃん」
「六代目にはオレから話を通している」
「色々とありがとうございます。バキさん、道中よろしくお願いします」

 瞬く間に事が進み、あれから数日経った今日。旅支度を整えた私はバキさんと共に見張り台の外でカンクロウさん我愛羅さんのお二人と向き合っていた。誰かに見送られるのは久しぶりで、少しムズ痒い気もするけれど、それ以上に戻ってくる場所があるという安心感が勝つ。
 木の葉の里、一体どんな所なんだろう。

「ではそろそろ」
「あ、はい!」
「なまえ、コレを」
「コレは?」

 バキさんの呼びかけで出発しようとした時、我愛羅さんが私に小さな瓢箪を渡して来た。受け取ったそれは中に何か入っているのか、ズシリとした手応えを感じる。

「何かあればこの砂がなまえを守るだろう」
「これって我愛羅さんのお母様の……」
「バキが同行する。大丈夫だとは思うが、厄除けにはなるだろう」
「……ありがとうございます。大切にお借りします」
「あぁ」
「行ってらっしゃい、じゃん」

 カンクロウさんに言われ、思わず顔を見上げる。「ん?」と首を傾げるカンクロウさんと、いつも私を送り出してくれていたお父さんの顔が重なって見えた。……昔はよくこうやって送り出してもらってたな。

「……行ってきます!」

 一拍置いてそう返せば、カンクロウさんも我愛羅さんも微笑みながら見送ってくれた。帰る場所があるって、いいものだ。



「雷車は初めてと伺っています。もし酔った時は無理せずお伝え下さい」
「あ、あの」
「はい」

 里を出てから数分。バキさんからもらう気遣いはとてもありがたいけれど。

「私に気を遣わないで下さい。それと敬語も……」
「ですがなまえさんは、」
「私は氷遁の血継限界持ちなんですが、今までうまく使いこなせなくて。それで我愛羅さんの傍に置かせて頂いていただけなので」
「……なるほど。そういうことだったんですね」

 バキさんが納得したように息を吐く。「姫なんてつくから大国の姫君かとばかり」と続けるバキさんの言葉に今度はこっちが困惑する番。どこでそんな勘違いが?

「なまえさんはいつも執務室にいらっしゃったので。いつからか“籠り姫”と囁かれ始めまして」
「えっ!? 私がですか!?」

 明かされた衝撃の勘違いにあわあわと慌てふためいてしまう。どこをどう見れば私みたいな人間が“姫”に見えるんだろう。とんだ勘違いだ。

「なまえさんはお顔立ちも華やかですし、てっきり噂は本当なんだとばかり」
「……噂です。誤解です……。ですからどうか、普通に接して下さい……」

 溜息混じりに懇願すれば、バキさんは「なんだか今更ですし……」と困ったように笑い返してきた。敬語を使われるのはムズ痒いけれど、ひとまずは“籠り姫”の誤解が解けたことを良しとするしかない。

「にしても。見た目で判断してはダメですね」

 雷車に乗り反対側に腰掛けたバキさんが自分を戒めるように眉根を寄せる。「失礼しました」と深々頭を下げられるから、「い、いえっ。忍の里なのに任務にも行かないなんて、変ですもんねっ」とフォローを入れれば「いや。決めつけは良くないと学んだハズなのに」と声を沈ませるバキさん。

「いやあの……、」
「我愛羅……風影様が過去に辛い日々を過ごして来たのは、我々の責任でもあります」
「……あ」

 前に我愛羅さんは「誰からも愛されていないと思っていた」と言っていた。多くの人が我愛羅さんを慕っているのに、と今でも不思議に思っていることだ。バキさんは流れゆく外の景色に目線を流しながら、懺悔するように言葉を紡ぎ出す。

「我愛羅は昔、尾獣という獣を体に取り込んでいたんです」
「ビジュウ……本で読みました。確か、第四次世界大戦の」
「はい。我愛羅は人柱力の1人でした」
「……そうだったんですか」
「人柱力にされて、誰よりも辛いのは我愛羅のハズなのに。オレらはそんな我愛羅を恐れ、忌み嫌った。我愛羅が他人を憎むようになったのは、オレらのせいです」
「それは……」

 どう返せばいいか分からず、言葉に詰まる。他人から向けられる悪意の痛さは私にも分かるから。当時の我愛羅さんがどれだけ苦しんだか想像出来るし、それを思えば他人を憎む気持ちも痛いほど分かる。
 だけど、今目の前で悲痛な面持ちを浮かべるバキさんも同じくらい苦しそうで。素直に自分の気持ちを述べることもはばかられる。どうしたものか、と返事に困っているとバキさんの視線が瓢箪へと移った。

「その点我愛羅はすごいです。己を変えようと努力し、器の大きい男になった。反対意見も多かったのに、今や皆から尊敬される風影にまで成長してみせた。……我愛羅が風影になって、砂隠れも随分生きやすい里に変わりました」
「そうなんですね」
「過去がそうだった分、今は我愛羅を――風影様を支えてたいと思っています」
「……素敵なことだと思います」

 悲しい過去から今へと戻されたバキさんの表情からは、明るく強い意志が伝わってくる。あの日、我愛羅さんはナルトさんに生き方を変えてもらったと言っていたけれど。我愛羅さんだって、他人の人生を良い方向に変えてみせているんだって、我愛羅さんに伝えたい。
prev   top   next



- ナノ -