たしかな甘い香り

 思っていたよりも似顔絵の完成に手こずっている。……あれだけ色んなことが出来る人間なんだ。1つくらい出来ないことがあってもおかしくはない。
 何度か足を向けたボーダーで嵐山くんにひたすら謝られながら、私は妙な納得をしつつ嵐山くんと一緒に似顔絵作成を続けている。

「みょうじさん!」
「……どうも」

 日曜日の昼間。ここはファミレス。色んな人で賑わうそこに、凛と澄んだ声が通る。……お願いだから自分の認知度を自覚して欲しい。出待ちされるくらいファンが居るのに、ここで仮にも女の子と2人で会っていることがバレでもしたらなんて言われるか……。
 考えただけでもゾっとする私の声は、反射的に目立たないように小さくなる。そんなこっちの事情を知りもしない嵐山くんは「なんだか今日のみょうじさんは新鮮だな」と言いながら反対側に腰掛ける。

「それは嵐山くんもだよ」
「そうか。お互い私服だしな」

 いつもは隊服か制服のどちらかを着ている嵐山くんは、今日はTシャツにジャケットという服装。ジャケットを羽織る嵐山くんは私なんかよりもずっと落ち着いた男性に見える。……私ももうちょっとちゃんとした服装にすればよかった。それこそ、Tシャツにジーンズとかじゃなく。ワンピースとか。

「いや別にデートじゃあるまいし」
「デッ……」
「あ、ごめん。なんでもない。始めよっか」
「あ、あぁ」

 思わず吐いて出た言葉を往なし、スケッチ開始を促す。お冷に口付け、フッと息を吐いた嵐山くんが「よろしくお願いします」と頭を下げてくるから私もそれに倣う。……こんなデート、普通はしないし、勘違いもされないか。

 “非番だからボーダーの一室を使うのも申し訳ない”と代わりにファミレスを提案された時は少し不安にもなったけれど、それも杞憂か。……今日はどんな私が生み出されるんだろう。

「てかさ」
「ん?」
「ここ、スケッチするには不適切じゃない?」
「ファミレスか?」
「うん。ご飯食べる所だし、嵐山くんのことだから消しゴムたくさん使うし」

 向き合ってスケッチブックを広げた所で思い至ったことを告げる。察しの良い嵐山くんはその言葉で“不適切”の意味を理解してくれたらしい。少しハッとした表情を浮かべた後、申し訳無さそうにスケッチブックを収めた。

「それもそうだな。では、食事を摂ってここを出よう」
「そう、だね」

 確かに何も食べずに出るのはこの店にも申し訳ない。でも、これだと本当に普通の男女のデートじゃ……。いいや違う。ただの食事だ。

「デートじゃない、デートじゃない……」
「ごほっ」

 急に咳こんだ嵐山くんにお冷を渡すと「ありがとう……」と目線を逸らしながら受け取られた。あの嵐山くんが目を逸らすことなんてあるんだ。なんかちょっと……ちょっとだけ寂しい。

「みょうじさん?」
「なんでもないっ、」

 自分の思考にハッとして、何を考えているんだって恥ずかしくなって。嵐山くんと同じような感じで視線を逸らしてしまった。……え、てことは嵐山くんも私と同じ気持ちになったってこと?……そんなまさかね。




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