キミの手

 トイレットペーパーも無事に買うことが出来た。嵐山くんのおかげで2つも手に入ったし。これでしばらく我が家のトイレは安泰だ。……というか、今更だけど嵐山くんに手伝ってもらったの、申し訳ないな。よりにもよってトイレットペーパーだし。嵐山くんとトイレットペーパーってちょっと斬新な組み合わせだし、イメージ的にもマズイのかな。

「あとは大丈夫。ほんと、ありがと」
「それだけの大荷物だし、手伝うぞ」
「いやでもっ、」

 確かにちょっと買い過ぎた感は否めないけど、これ以上生活感溢れる嵐山くんを世に晒すのもどうかと。勝手にマネジメントしては慌てる私を他所に、「片方の袋、貰うぞ」とビニール袋を提げる嵐山くん。

 なんか嵐山くんが持つとトイレットペーパーもビニール袋も様になるから、イケメンってそれだけで得なんだなぁとか、的外れな感想を抱く。……違うそうじゃない。自己犠牲の精神にこれ以上甘えては駄目だ。

「本当にもう平気だから……! これ以上嵐山くんのイメージを傷付けられないし……!」
「俺のイメージ?」
「うん、だからありがとう! 助かりました!」

 嵐山くんに攫われた袋とトイレットペーパーに手を伸ばした時、1台の車から降りて来た人物に目が行った。

「えっ」
「ん?」

 そこには同じクラスの女子生徒が居て。恐らく親と一緒に買い物に来たのだろう。それらを考え、あの子は嵐山くんのファンであったことも連想する。そんな子に私と嵐山くんが2人で居る所を見られでもしたら。それこそ、嵐山くんのイメージダウンに繋がりかねない。

「嵐山くん! 走って!」
「えっちょっみょうじさん!?」

 ビニールを掴もうとしていた手を嵐山くんの手首へと照準を変え、そのまま引っ張る。後ろでぐわんとした感覚がしたけれど、それに構う間もなく足を前へと動かした。はじめは「みょうじさん!?」とか「どうしたんだ?」とかそういった声がしていたけれど、必死に走る私を見てか、嵐山くんは私の走るペースに付き合ってくれた。






「はぁ、きゅ、に、ごめん……、」
「いいや。おかげで楽しかったよ」
「そ、そう……」

 しばらく全力で走ったせいで、足を止めた時には肩で息をするハメになった。息も絶え絶えに謝罪をすると、汗1つ浮かべていない嵐山くんは爽やかに楽しかったと言い放つ。……さすがはボーダー隊員。一般市民とは体の作りが違うってか。私なんかよりずっと重たい荷物を持ってたっていうのに。

「それにしてもみょうじさんの手、冷たいな」
「あ。ご、ごめん……!」

 冷えた空気の中走ったせいで指先は冷たくなってしまっている。嵐山くんの言葉でその冷えた指先で嵐山くんの手首を握っていたことを思い出し、慌てて離す。嵐山くんが一瞬だけ寂しそうな顔を浮かべたような気がしたけれど、すぐに笑顔を取り戻し「いいや。手が冷たい人は心が温かいって言うしな」と爽やかに言う。

 私は、嵐山くんのことを恨んだことだってあるし、身勝手な態度をとって避け続けた人間だ。だから、そんなのただの迷信だと思う。多分、それは嵐山くんの手に触れてみたら分かること。




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