キミのぬくもり
「本当に良いから!」
「いいや。駄目だ」
「ちょっ、嵐山くんっ、」
大盛りのハンバーグとご飯を平らげた嵐山くんに感心したのは数分前のこと。今私たちはレジ前で財布の押し付け合いをしている。
「俺がたくさん食べたんだ」
「いやそれ別に関係ないから……!」
奢ると言って聞かない嵐山くんに、そういう訳にはいかないと聞き入れない私。間に挟まれ対応に困る店員さん。いつもの嵐山くんだったら周囲のことを考えて引き下がってくれそうなのに。
「あ、ほら。後ろ人並んだよ? ねっ?」
「あぁ。そうだな。だからみょうじさんは先に行っていてくれ」
「なんっでそんな意固地になるの!?」
「女性に払わせる訳にいかないだろう」
「えっ、なにそのジェントル魂」
一切引かない嵐山くんに、本格的に焦りだすのは私。こんなに頑固な嵐山くんはちょっと初めて。結局、渋々その場を譲り店の外で嵐山くんが出てくるのを待つことにした。
もしかして、頑なにお金を出させようとしなかったのは、私が貧乏だからだろうか。……もしそうだとしたらなんか複雑だな。
「お待たせ」
「今度ちゃんと返すから」
「そんなことしなくて良いさ」
「……バカにしないで!」
「バ、バカに……?」
私だってバイトしてるし、そりゃボーダーの支援がないと厳しいけど。それでもちゃんと1人で生きてるの。そんな親切心、惨めになるだけだよ。私と嵐山くんの間に、それだけの差があるんだって見せつけられてるみたい。
「みょうじさ、」
「あらしやまたいちょう?」
「ほんとだ! あらしやまさんだっ」
店先で流れる気まずい空気。それを察知しない無邪気な子供の声。それにハッとした嵐山くんがすぐさまボーダーの顔を作り、子供たちの相手をする。そうすればあっという間に嵐山隊長を囲うように人だかりが出来上がる。
その波に紛れて姿を消してしまおうと思った。嵐山くんがそんな人じゃないって分かってるのに。私はまたしても要らないプライドで彼の親切を無下にした。そういう小さな自分が嫌になる。彼の近くに居たら、“自分が嫌だ”という感情がなくなるんじゃなくて、“自分”がなくなりそうになる。そのことに今更気付くだなんて。バカだなぁ、私。
「みょうじさん! 走って!」
「えっ、あ、嵐山くんっ!?」
「すまない。思っていたよりも人だかりが出来てしまって」
「はっ、なっ、えぇ?」
「このままでは埒が明かないと抜け出してしまったんだ。申し訳ないが、付き合ってくれ」
消えようとしていた私を、温かい手が攫って猛スピードで連れ去る。理解が追い付かない脳はとりあえず言われたままに足を踏み出させる。
目まぐるしく変わってゆく景色の中、嵐山くんだけがそこに居る。
なくなりそうだと思っていた自分自身を、その手はしっかりと掴んでいて。……人のぬくもりを感じたのはいつぶりだろう。
そんなに遠くないはずなのに、もう味わえない人との思い出や、その人の匂いや笑顔や、温もりは急速に離れていってしまう。すっかり忘れてしまったと思っていたのに。こうして誰かに温もりを与えられると一気に溢れてくる。……それが辛くて、嬉しくて。
私は嵐山くんの手の中で自分の掌をぎゅっと握り続けた。