シンデレラタイムは空騒ぎ

 お昼のことなんて昨日の私が考えられるはずもなく。コンビニにお昼を買いに行った先でプロテイン飲料が目に入った。そういえば澤村さん、学生時代は部活やってたみたいだし、今も職業柄体は鍛えてるんだろうな。ご飯も栄養バランスにまで気を配って食べてるんだろうな、なんて。あのメッセージ1つでこんなにも気分があがるとは、私の恋心は安上がりだ。

「え。どうしたなまえ。体、絞りでもすんの?」
「あ、これね。つい買っちゃった」
「つい、で買うもんなの?」

 会社に戻って椅子に腰掛けるなり友梨がプロテインの容器を持ち上げる。つい買うものではないけど、買っちゃったんだよ、つい。

「その感じだとポリスマンと続いてるんだ?」
「うん。終わった……と思うこともあったんだけど、どうにか」
「へぇ。まぁ頑張りなよ」
「ありがとう」

 昨日の夜から返事はないままだけど、一昨日、昨日と必ず返事が返ってきている状況は私にとって希望だ。なんなら今日という1日を乗り切る為のご褒美にすら思える。直樹さんの件だって、澤村さんは頼まれたから訊いただけだと思うことにした。そう思えるくらい、昨日のことが嬉しかった。

 今日も1、2回だけかもしれないけど。それでもいいから澤村さんと話がしたい。



―みょうじさんは昼メシちゃんと作るんですね

 今日のラインはいつもより早く、20時頃届いた。こんな時間に来るとは思ってもなくて、直樹さんからだと思ってスルーしかけた。でも、直樹さんにお昼の話題なんて振った覚えないぞ? と一時停止して目を見開き時計とスマホの間を3回行き来した。20時ってことは……いつもより2時間も多くライン出来るってこと……? なんというご褒美タイム! 直樹さんごめんなさい、休みの日は何してますか? って質問、“ボーっとしてます”で返させて下さい。

―気が向いた時に簡単なものですが

 厳密に言うと“気が向いた時”の前に(たまに)が入るけれど、そこは言わない。それよりも“澤村さんはお昼ご飯どうされてますか?”という質問で返す。もちろん、絵文字は可愛いヤツを付けて。

―俺は大抵カップ麺です

 そっかぁ、カップ麺かぁ。お昼に立てた予想、外れちゃったな。なんてニヤつく口角を抑えながら訳もなく台所に行き、シンク上の照明を点ける。澤村さんって不器用そうだもんな。自炊してるイメージは湧かないや。……ってこれはちょっと失礼かな。

 ふふふ、と笑っているとまた1つメッセージが届く。

―体に良くないって分かってはいるんですが……。今日も今日とて晩酌です(笑)

「……やっと笑った」

 真っ黒な文面であることに変わりはないけれど、やっと文章の終わりに(笑)が付いた。wじゃない辺り、澤村さんっぽいなぁ。質素な笑いに比べて、私のほっぺは既にゆっるゆるだ。

―こないだも顔色変わってなかったですもんね。お酒、お好きですか?
―晩酌を糧に仕事してる節あります。……でも、飲み過ぎは良くないです

 これはもしかして、私に対して言ってるのだろうか? だとしたら意外と澤村さんは先生気質なのかもしれない。……いや、警察気質というべきか。

「ふはっ、どっちでもいっか」

 こういう、実りのない会話を楽しいと思えるのは一体いつぶりだろう。周りの波に呑まれて慌てていたけれど、こうして立ち止まってなんでもない会話を楽しいと思うことも大事なんだと気付く。

「……久々に自炊でもしてみるか」

 久しく開いていなかった料理アプリを立ち上げ、冷蔵庫に向かったのは澤村さんが“俺は飲むのも食べるのも好きです”と返事してきたからだ。……確実に、乙女心をくすぐられているな、私。



「なまえの弁当豪華!」
「えへへ。ちょっと、ね」
「なになに。ポリスマンとピクニックデートでもありつけた?」
「ごほっ……で、デードだなんて……っ」

 あ、ごめんと言いながら差し出されたお茶を流し込む。デートだなんて。そんな話、なってもないよ友梨。急にパワーワード出さないで欲しい。

「なんだぁ、その練習なのかと」
「別にそういうんじゃなくて……ただの気まぐれ」
「へぇ? まぁでも合コンした甲斐、あったね」
「うん、ほんとにありがとね。友梨」

 お礼はコレで、と攫われた卵焼きはハート型にしていた分の片割れ。残されたハートを見つめて「なまえがこの状態の時は見てらんなかったから」と少しだけ眉根を下げる友梨。……確かに、結構焦ってた。ヘコみもしたし、自棄にもなりそうだった。

「間違ってもヨリなんか戻しちゃダメだからね?」
「……それはもう、絶対にない」
「うん。よろしい」

 自棄になって突っ走るより、澤村さんとのなんでもないやりとりで1歩1歩好きを実感していく方がずっとずっと良い。そっちのがお弁当だってこんなにも美味しいって思える。


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