今晩はとっておき

「はぁー! なんだぁ」
「ふふっ、ほんとにね」

 翌日、待ってました! とばかりに更衣室で友梨から状況を尋ねられ、1231の種明かしをすると拍子抜けのように笑われた。ほんと、うだうだ考え込んでたのがバカみたいだ。

―高校時代の友人に“入れとけ”と命令されまして

 会う機会が減ってしまって、誕生日を忘れそうになるから――という理由で命ぜられたのだとか。この呆気なくも嬉しい結末をラインで知れてよかった。もし電話や対面であったら、「よかったぁ〜……」と零れ出た本音は間違いなく澤村さんに届いていたのだから。

「それでそれで? そっから?」
「そっから……は、」
「えっ終わり!?」

 今度は別の意味で声を張り上げた友梨。つんざく声が耳元で聞こえ、思わず跳ね上がった肩を友梨から押さえつけられる。友梨の顔は笑いが消え去り、呆れのみが残っている。どうして友梨がそうなったのか、訊かなくても分かるから目線を逸らして逃げを決め込む。

「なんで続けないの! 続けなさいよ!」
「だってぇ……」

 仲良いんですね、と送ったメッセージに“最近はお互い仕事が忙しくて会えてないんですけどね”と返って来て、なんと返せばいいのか。1つ返すだけで30分はかかっているのに、“仕事が忙しい”澤村さんの貴重な時間を取っていいわけがない。結局“そうなんですね”としか返せなかった私を、誰よりも恨んでいるのは私なのだ。

「そんなの、“貴重な休みの日に澤村さんと会えて嬉しかったです”とか返せばどうとでもなるじゃん!」
「うっ、」
「ちょっとスマホ貸して!」
「だ、ダメっ。さ、澤村さんとは私がラインしたい……!」
「……初心ぅ〜」

 友梨の顔に少しだけ笑みが戻った。結局初心だと笑われてしまったけれど、思わず口を吐いて出た言葉は紛れもなく本心だ。……澤村さんから返事はないけれど、また勇気が湧いたら、私からラインしてみよう。友梨の勢いを借りて、“返したくなかったら返さないだろうし”くらいの気持ちで。頑張れ、私。



―今いいですか?

 この仕事が片付いたら――この電話が終わったら――ご飯を食べ終わったら――お風呂に入ったら――こんな調子で勇気が湧くのを待って数時間。スマホの通知音が鳴り、覗いてみた画面に現れたのは“澤村大地”の4文字。ラグビーでトライを決めた時みたいな体勢になりながらスマホを抱え、ごくりと唾を飲み込む。

―お仕事お疲れ様です。大丈夫です

 昨夜と同じような時刻に届けられたライン。“今いいですか?”なんて、妙に改まったメッセージは私を緊張させるに容易い。なんだろう、何を言われるんだろう。そういった気持ちでじ、っと見つめ続けていると「直樹、あの日一緒だった1人なんですけど、覚えてますか?」と予想外の内容が届けられた。直樹……確か……私の自己紹介の時に「可愛らしいね」とフォローしてくれた人……で合ってるよね。なんとなく、ぼんやりと覚えている。

―アイツがみょうじさんの連絡を知りたいそうなんです。教えてもいいですか?

 続けざまに届く白い吹き出しは3段階の気持ちを運んできた。なんだろう、なんだ? なんだ……。全部“なんだ”で済む。今朝友梨も同じ言葉を言ってたっけ。なんて思いながら一度スマホを閉じる。ここで“嫌です”なんて言っちゃったら、澤村さんと直樹さんが気まずくなっちゃうよね。そう考えたら、選ぶ答えは1つしかない。

―大丈夫です

 本当は大丈夫じゃないけど。なんて言いながら送ったメッセージには“ありがとうございます”と質素な言葉を返された。こんなの脈ナシもいいところじゃんか。体がずしりと鉛を乗せられたみたいに重くなってゆく。

 思えばずっとそうだった。澤村さんの簡潔なメッセージは爽やかなんだけど、どこか線を引かれているような。……そっか、脈ナシか。澤村さんのメッセージに言葉を返すのが嫌になって、そのままスマホを投げ出し五体投地の体勢をとる。このまま泣けそうだ。続けざまに起こった失恋に、情けなくなってぎゅっと目を閉じる。私も仕事に生きるか――と自分なりに励ましている時、ラインの通知がもう1度鳴った。

―みょうじさんは今何されてますか?

「え! い、今!?」

 今は五体投地してて、アナタのこのラインで正座に変わりました――ってそうじゃなくって。2回も連絡来た。澤村さんから。しかも質問系で。どうしよう、めちゃくちゃ嬉しい。だって、だって! うわぁ……やばい、だめ。やっぱ好き。

 今何してますか? という質問は、澤村さん以外にあと2人から来ている。1人には“ボーっとしてます”と返し、1人にはシカトを貫いている。残る1人、澤村さんにはなんと返せば会話が続くだろうとぐるぐる考え、“明日のお昼何にしようか考えてます”なんてバカみたいな返事を30分後に送り、後悔しながらベッドに入るハメになった午後11時45分。

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