ガラクタのような
たからもの

 分かり易いぐらいに触発されている。
 休みの日は、寝たいだけ寝て、したいだけダラダラする日々が続いていたこの私が。目覚ましをかけて、その目覚ましよりも先に起きて、カーテン広げて朝日に向かって伸びをした。それだけでも偉業ともいえるというのに、私は今、信じがたいことにジムに来ている。
 信じられないようなことをしているこの現状が触発されている証拠。今日はこの後買い物にも行く予定だ。……いつか、澤村さんに手料理を振舞う機会があるかもしれないし。

 入会金を払うだけ払ってやる気をなくしていたジム。退会しようとさえ思っていたけれど、このジムは今日という日の為に存在していたといっても過言ではない。澤村さんのことをまだよくは知らないけれど、活発な女性のが好きそうだし。もし、次会う機会があればその時はスカートじゃなくてジーンズのが良いかもな。……という前向きな妄想が出来ていたのはロッカールームまで。



「き、きっづい……」

 ウェアを身に纏ってランニングマシーンを颯爽と走って……というのは理想で。“颯爽”の部分が全然うまくいかない。久しく運動をしていなかったせいで、肺ははちきれそうだし、足は棒のように動かない。これが社会人か……。現実はなんて残酷なんだ……。

「みょうじさん」
「……へっ」

 ベンチに座ってどっと溢れ出す汗を拭うことに必死になっている時、私をジムにいざなった人の声がした。さすがに疲れすぎだろう、と呆れ笑いを浮かべたくても、澤村さんの姿を私が見間違えるハズもなく。
 固まる口と心臓。心臓は一瞬の間を開けてドクドクと脈打ちだすけれど、口はうまく閉じれないまま。

「さ、わむら、さん。な、んで、ここ、に……」
「時間がある時はなるべく来るようにしてるんです。みょうじさん、運動後に急に立ち止まるのは良くないです。あっちで一緒に歩きましょう」
「は、はい」

 そういって連れられたのはさっきまで走り込んでいたランニングマシーン。澤村さんが操作してくれて、「クールダウンモードにしたので、良かったら」と勧めてくれた。
 隣のマシーンに乗った澤村さんはゆっくりとしたペースでランニングを始め、「みょうじさんとジムが一緒だなんて。気付きませんでした」とにこやかに笑いかけてくる。

「……あまり、来れないので」
「そっか。そうですよね」

 来れないという言い方をしてしまったことに罪悪感を抱きながらもゆっくりとマシーンの上を歩き続ける。対する澤村さんは徐々にペースを上げていき、今ではさっき私が走っていたペースなどとうに上回っている。

「俺も、昔に比べると体力の衰えを感じます」
「え、そうなんですか??」
「学生時代は朝から毎日動かしてましたから」

 出会った時から愛想は悪くないと思っていたけれど、今こうして2人で対面してみても、澤村さんから壁のような線引きは感じられない。それどころか、愛想抜群。警察という職業柄身に付いた処世術なのか、それとも生まれ持った性格なのか。ラインで感じた壁は、文面だとそういう風に感じるだけなのだろう。……数日ぶりの澤村さん、やっぱり爽やかだなぁ。

「柔道部でしたっけ?」
「ははは。そう見えますか?」

 確かに警察学校では柔道を選択しましたけど――と頭を掻いて笑う澤村さん。その額にはさすがに汗が浮かんでいるけれど、彼の顔つきからはまだまだ余裕が感じ取れる。

 ウェア、モノクロのセットアップにしてて良かった……。ピンク色のTシャツと迷ったけど、正解だったと思う……いや待った。レギンスを履きはしてるけど、これって足の太さ見られてるも同然……? いやでも今更履き替えるのも変だし。

「意外でした」
「えっ?」
「みょうじさん、ジムとか通われるんですね」
「えっ、あー……さ、最近始めたばかりです。全く動かさないのもよくないかなって」
「そうですね。自分も同じ理由です」
「飲み過ぎはよくないんでしたよね?」
「はは、そうです」

 ラインで交わした内容を口にすると、すんなり受け入れ笑ってみせる。それが私がラインしていた相手は間違いなくこの人なんだっていう証明のように思えて、体がぼぼぼと熱くなる。クールダウンなんて出来やしない。
 ちらりと覗き見た横顔は、ガラスの向こうに映る景色を見つめている。太い足を見られたとか、こういうコーデが好きなのかな、とか。色々考えたけど、澤村さんはそういうのに頓着しなさそうだ。“似合ってればそれでいい”って本気で言えちゃう人なんだろうな。

「澤村さんは、女性の髪形ロング派ですか? ショート派ですか?」
「その人に似合う髪型なら。それがいいと思います」
「ふふっ。やっぱり」
「え、なんですか」
「いえ。なんでもないです」

 ほら。やっぱり。

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