1 2 / 3 1

 月曜日。リフレッシュルームで顔を合わせた同僚の話は、この前の合コンでもちりきり。どうやらあの後もカラオケ、居酒屋と盛り上がりを見せたらしい。

「なまえは? あのポリスマンとどうなった?」
「ラインの交換はしたよ」
「一緒に帰ったじゃん」

 話を振ってきた友梨の顔からは好奇心が垣間見える。その期待には応えられないことを分かりつつも「駅で別れた」と事実を伝える。ラインの交換はしたけど、ラインの交換しかしてないとも言える。それだけで喜んでいたことを知ったら、友梨は初心だと笑うかもしれない。

「あ、そう。まぁでも、送り狼とかしなさそうだったもんね」

 案外あっさりと受け入れられた。でもそれは、同僚たちの中でも澤村さんがそういう位地付けであることを示している。そうだよね、澤村さんは誠実そうだもんね。だからあの合コンも無理矢理付き添っただけで、本当は来たくなかったのかもしれない。
 周囲の反応に納得しつつ、冷凍パスタをチンしただけの手抜きランチにフォークを入れ絡め取る。

「でもさ、ライン訊いてきたってことは脈アリってことね」
「ううん、逆。訊いたの、私が」
「はっ? うそ、なまえが?」
「うん」
「どこが良かったの!?」

 ラインの交換を私から申し出たという話題にここまで喰いつかれるとは思っていなくて、思わずパスタを噴き出しそうになった。友梨の問いかけを、周囲に飛んでしまったミートソースを拭きながら考えてみる。

「どこが……」
「誠実そうだったけどさ、あんまり話にも入ってこなかったし、なんかイマイチだったじゃん」
「うーん、」

 そんなことないよ、って否定したかった。だけど私は澤村さんのこと何も知らないし、彼のことを代弁出来る程の自信だってない。それでも、“良いな”と思っている私の気持ちに嘘はない。

「ま、あのゲス男より100倍マシか」
「……そうだね」

 私がこんなにも澤村さんに惹かれるのは、源斗のせいなんだろうか。源斗とは正反対の人だから――なんて理由は、嫌だな。

「まだライン来てんの?」
「ちょいちょい」
「あり得んわー」
「シカトしてるし、すぐ収まるでしょ」
「だと良いけどさぁ。あんまりだったら言ってきなよ?」
「ありがとう」

 ソースで汚れた口をティッシュで拭い、パウダールームへと足を向ける間も井戸端会議は続く。

「んで、ポリスマンとのラインはどうなの?」
「あのさ、この“1231”ってなんだと思う?」
「名前横のヤツ? こういうのって普通、記念日とかだよね」
「だよね……」
「でも勇也、彼女居ないヤツら揃えるって言ってたし、多分違うよ」
「え、じゃあ自分の誕生日とか……? でもそんなの入れるかなぁ?」

 昨日から見つめ過ぎて、仕事中何度か呟いてしまった4ケタ。果たしてこの羅列になんの意味があるのだろう。訊きたいけど、パンドラの箱パターンを想像して中々開けることが出来ない。……私はいつもいつもこうなんだと溜息が出る。

「ちょっと見せて」
「うん」
「――昨日はありがとうございました。ちなみに、1231って何ですか? っと。はいオッケー!」
「えっ! ちょっ友梨!?」
「だってぇ。訊かないと分かんないし。もし記念日なら今分かって良かったってなれるじゃん」
「……そうだけど。……そう、だよね、うん」

 送ってしまった内容にまでうじうじ立ち止まったって意味なんてない。友梨の言う通り。今ならまだ傷は浅い。「もし彼女持ちだったら本当の誠実なんていえないし、そん時は勇也を締めるから」と力こぶを見せる友梨を笑って鏡を見つめる。あの日に比べて落ち着いた色合いをしている目元。ちょっとだけ考えて、ゴールドのラメをそっと乗せてみた。……これは私なりの応援ってことで。



―お恥ずかしいんですが、自分の誕生日なんです

「まさかの!!」

 代打友梨によるメッセージを澤村さんが返球してきたのは22時を少し過ぎた頃だった。ひとり暮らしの部屋に、私の声がでかでかと木霊する。口に手を当てながら思わず立ち上がってしまった体を座らせる。ひとまずは喜ばしい。でもここからどう返事をすればいい? 普通は入れないと思っていた誕生日を入れていたこの事態に、なんと返せば澤村さんの心を傷付けないで済む?

「驚きました……は、なんか失礼か」

 そうなんですねの後が思い浮かばず、打っては消してを何度も繰り返して一旦スマホから目を背けた。12月31日って大晦日だ。てことは冬生まれなんだ。夏生まれとばかり。

―そうなんですね! 夏生まれだと思っていたので、意外です

 絵文字は悩みに悩んで、頬を染めて目を見開いているやつにした。文字を1文字ずつ辿って誤字がないことを確認して送信した数十文字。……1歩、踏み出してみるものだ。

- ナノ -