うまく均して
恋を型抜く

「私そろそろ」
「あ、はい。お疲れ様です」

 名残惜しいけど、いつまでも隣でクールダウンするのも不審に思われそうだ。澤村さんは結構なハイペースで走り続けているのに、まだ笑みを浮かべる余裕さえ残っている。これだけ動いていれば食べる量もさぞ大量なのだろう。……今日、ご飯、どうするのかな。もし。……もし。

「あ、あのっ。もし良かったらご飯、ご一緒にどうですか? トレーニングが終わるまで私時間潰してますし。なんならその時間で買い物するし……あ、澤村さんがアレならお、お店に行くとかでも全然……っ、」

 口走った言葉たちは自分でも驚くくらい早口で、走ってる状態で聞き取って貰えたか不安だ。それを確認したくて顔を見てみたいけれど、恥ずかしさが重りとなって頭にのしかかる。
 ピッという短い機械音と共にウィンウィンと鳴り続けていた音が止み、私の目の前に影が落ちた。反射的にその影の出所を見つめると、澤村さんがマシーンから降りていて、「……明日も早いので。すみません」と軽く頭を下げられた。

「そ、うですか。分かりました……」
「帰り、お気をつけて」
「ありがとうございます。……それじゃあ、お先に失礼します」

 あの時に比べてちょっとは仲良くなれたと思ったのに。今度は文面じゃなくて態度から壁を感じた。どうして急にそんな顔つきになるの? 私は澤村さんにとって、トレーニング終わりの一杯を一緒に飲みたいと思える相手じゃないってこと? 明日が早いって言ったって、まだ今は夕方にもなってない。明確に拒否された事実が胸に落ちて、一気に気持ちが沈む。

 あんなに愛想が良くて、話してる時だってよく笑ってくれるのに。一体どうして、と不思議に思う気持ちと、そんな澤村さんから否定されたとことを寂しいと感じる気持ち。その両方を抱えながら帰路に就く。
 買い出しして、家に帰ったら掃除して、それから作り置きでも作って、澤村さんと同じように晩酌にありつこうとか、そういう計画も立ててたけど。ぜんぶぜんぶ、中止。そんな気分になれそうもない。

 久々に汗を流してスッキリ出来たのに。なんだかプラマイゼロ、いやマイナスのが大きい。



 コンビニで買って来た弁当を電子レンジに突っ込んでベッドにダイブ。本当は掃除もしたいけど、やる気が出ない。ジムでシャワー浴びたし、今日はこのまま寝てしまおうかな……。

――すみません

 丁寧にマシーンを止めて降りてまで。澤村さんってほんと律儀。だけど、そんな風にしてまで断られたことが胸に響く。恥ずかしい……どうしようもなく恥ずかしい。

「うわぁ〜!!」

 手足をバタバタ動かして枕に雄たけびを浴びせる。こんなことで一喜一憂して、バカみたい。だけどしちゃうもんなのだ。こればかりは制御出来ない。だって、感情の主導権を握っているのは澤村さんだから。

 チン! っと軽快な音が鳴り、機械音が止む。その動作がさっきの一連の流れを思い出させてまた羞恥心がこみ上げたけど、それから逃げるように枕から顔を上げる。

「ご飯! 酒!」

 そう叫んで電子レンジに向かう。ご飯とお酒って、それこそ澤村さんみたいだ――ってまた澤村さんのことを考えている。脈ナシだなって何回も思ったけど、その度に“だってでも”って考えて。勇気出すことを願ったり止められなかったり。そうやって想い続けることをやめられない。

「……どうしよう。好きだ……」

 ご飯を食べる度、お酒を口にする度、思い出すのは澤村さん。こんなの卑怯だ。何かを口にしないと生きていけないのに、その度に頭を占拠するだなんて。どれだけヘコんだって、折れはしない。根を張った想いはもう育つしかない。

「おつまみ、作ってみようかな」

 呟き向かうは冷蔵庫。コレとコレを組み合わせたら――そう考えて浮かぶのは出来上がった料理じゃなくて、それを美味しそうに食べる澤村さんの顔。ご飯だって、出来合いのものじゃなくてちゃんと作ればよかった。浮かべる後悔の中にこんな後悔も混ぜて。色々引っ掻き回してごちゃ混ぜにして出来上がるのが“好き”って感情。うだうだ考える自分が嫌だったけど、澤村さんのせいでこうなってるって思うと、心のどこかが甘く疼く。

「今日は充電ってことで」

 掃除はサボる。お酒も飲みたいだけ飲む。今日のことは確かにショックだったけど、まだ確実にフラれた訳じゃないんだし。それに、ジムではああやって一緒に居てくれたんだし。完全に拒否されたわけじゃない。私はまだ澤村さんのことを学んでいる段階で、もっとたくさん知ることが出来たらただの杞憂だったって分かるかもしれない。だから、これからも勇気を出して、もっとたくさん澤村さんのことを知っていこう。

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