彼女、挑発注意人物

「ねぇ! ねぇってば!」
「はい、何でしょう?」

 私を抱えて空を飛ぶホークス。これが空からの景色なんだー、とか感激なんてできない。なにせ、こちとら空を飛ぶ覚悟すらできていないのだ。

「離して!」
「今離したら地面直撃ですよ?」
「ヒッ……」

 言われた言葉を想像して喉が締まった。ホークスは愉快そうに笑いながら「という訳なのでここまま連行しますね」と飄々と告げる。

 地面直撃は嫌なので、思わずお腹にまわされているホークスの腕を握りしめるような形になってしまうが、こんな状況に陥っているのはホークスのせいだ。というかこんなに人と密着するのなんて初めてで、とにかく恥ずかしい……。

「耳真っ赤ですけど。まだ季節的に寒いですかね?」
「ちがっ、わない……! 寒いです! ですから“降ろして”下さい!」
「じゃあ尚のこと飛ばしますね。その方が早いんで」
「う、うわぁぁぁあ!?」

 そういえばこの人、“ビルボードチャート爆速上昇”とかで雑誌に取り上げられてたっけ。――どうやら別名は伊達じゃないようだ。



「どうぞ」
「……あぁ。どうも……」

 彼の事務所に着くなり、茶葉の良い匂いがする湯飲みを握らされた。サイドキック達に手短に指示を下すと、目の前のソファにどかっともたれるホークス。

「あの。“速すぎる男”が私に何の用ですか?」
「あら。その異名まで知ってくれてるんなら話は早い。俺のサイドキックになってください」
「やけん、その意味が分からんって」

 えぇ、分からないですか? と心外そうな声をあげて頬杖をつく男。どうして私がそんな顔で見られないといけないのか。私が鈍いんじゃない。ホークスが速すぎるのだ。

「この前の商店街を襲ったヴィラン同士の抗争。実はまだ主犯格が捕まっていなくて」
「はぁ」
「その主犯格をウチの事務所で追うことにしたんです。だからアナタに協力して貰いたい」
「えー……っと?」
「アナタ、あの商店街に馴染みありますよね?」
「えぇ。そうですね」
「だからです」
「だから?」
「はい。あの近辺に詳しいアナタに協力を仰いで主犯格を絞り出したい」
「でも……、」

 段々話のスジが見えてきたけれど、だからといって私がプロヒーローのサイドキックなぞ務まるとは思えない。3年間、地元の商店街で日々を過ごしたしがない一般人の私が。今更ヒーロー業だなんて。

「別に主犯格があの辺りに居なくてもそれならそれで構わない。そこまでアナタに頼る程落ちぶれちゃいない」
「なっ……、」
「いわゆるワンチャン狙いってヤツです。それにアナタ、行く当てがないみたいだし」
「な、なんっ……、」
「あぁ勘違いしないで。ワンチャン狙いっていうのは“アナタの協力で主犯格のヒント得られれば良いなぁ〜”っていう意味なんで」
「わ、分かっとる!」

 薄ら笑いを浮かべる男にカァっと顔の温度が上昇するのが分かる。急に連れ去られたかと思えばどうしてこんな風にからかわれないといけないのか。……私が一体何をしたというのだろうか。

「で。どうします? もしサイドキック要請を受けてくれるのなら、アナタの衣食住はウチが保証します」
「えっ。ほ、ほんと!?」
「えぇ。もしこの件でアナタが役立たずだったとしても、他にもお願いできることはあるでしょうしね」
「……あのホークスさん」
「ん?」
「アナタ、周りから疎まれやすいでしょ?」
「さぁ? そんなのイチイチ気にしてないんで」
「そうですか。まぁそうでしょうね。……衣食住の保証、約束してくれますか?」
「えぇ。モチロン」

 ホークスという男は人をイラつかせる天才のようだ。本当だったら癇に障る言動全てに反論してやりたい所だけど、なによりの悩みである衣食住を全て解決するという提案のが魅力的だった。

「……至らないかとは思いますけど。よろしくお願いします」
「はは。至らないのは百も承知ですので。では、これからよろしく」
「こ ち ら こ そ !」

 一言多いホークスの言葉に乗せられ、差し出された左手を握り返す時につい個性を発動させてしまった。――しまった! と思った時には既に遅く、ホークスの体は左へと吹き飛ばされていった。




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