本音を嘘で塗して

 左へと吹き飛ばされた――とはいってもさすがはヒーロー。反射的に足を踏ん張って体勢を整えてみせた。すぐさま彼へ駆け寄り「ご、ごめんなさいっ!」と謝罪するとホークスは「いやぁ驚いた。個性?」とケロリとした表情で問うてくる。

 一先ずは怪我を負わせていないことに安堵し、「はい。私、風起こしの個性があるんです」と質問に答える。昔から今みたいにカっとなると相手を吹き飛ばしてしまうことがあったから、なるべくこの個性は使わないようにしてたのに。

「ゴミを飛ばすとかそういうのは出来ても、焚火の火を起こすとか出来んとよ。自分の個性コントロール出来んし、なるべく使わんようにしとったんやけど……」

 アナタにイラッとしてつい、という言葉は呑み込んだ。攻撃してしまったのは私の方なんだし。

「俺に苛ついてプッツンしちゃったってワケ。意外とキレやすいタイプ?」
「……そうかもですね」

 やっぱり言ってやれば良かった。眉をひくつかせてホークスを見やると、ホークスは意外にも嬉しそうな表情で私を見つめ返す。

「でも。良いですね、その個性。俺の剛翼にピッタリだ」
「えっ」
「敵にとっては向かい風、俺にとっては追い風になる。なんて素敵な個性なんだ」
「……そ、そう?」
「えぇ。じゃあ改めてよろしくお願いします。……えっと、」
「あっ。みょうじなまえです」
「なまえさん。良い名前ですね」

 今度こそ柔らかくそっと握った手のひら。意外と温かいんだなとか思ったのも束の間、空を舞った時と同じように状況が一変した。視界は壮大な風景とは打って変わって真っ黒く、お腹に感じた感触は腰に。そして今度は混乱に陥るよりも前に、視界が元に戻され再びホークスの顔が目の前に現れる。

「失礼。ヒーローたる者、色んな種類の挨拶方法を嗜んでまして」
「はぁ、」
「もう吹き飛ばされるのはゴメンなんで。ハグにしてみました」

 息をするように出てくるホークスの軽率な言動には抗う気力すらなくなる。代わりに深いため息を返し、「契約書とか書くんですか?」と尋ねると「なんだ。つまんない」と口をすぼませながらサイドキックに書類を持ってこさせる目の前の男。

「アナタがどうしてランキング上位なのか。不思議でなりません」
「えっそうですか? 一歩外出たら俺、結構人気なんですけどね」
「どうだか」
「まぁそれはこれから判って貰えればいいんで。ホラ、早く書いて。パトロールに行きますよ」
「えっ、もう!?」
「えぇ。仕事内容を把握してもらうにはそれが1番早いんで」
「……ブラック企業だ」
「はは。給料を出すからには、当然。働いて貰わないと」
「アナタ本当にヒーロー?」
「一応は」

 なによ一応はって……そんな思いを浮かべながら契約書を記入していると、ホークスは意外にもニコニコとその様子を眺め続ける。この人のことだから、「終わり次第現場に来て下さい」とか言いそうなのに。

「あの、」
「ん?」
「現場、行かないんですか?」
「行くよ。それ書いたら」
「ホークスは私なんか待たんやろ、普通」
「さぁ。俺は普通じゃないんで」
「?」
「そんなに早く現場に行きたいんなら早く書いて、ほれ」
「っ、分かったけんあんま見らんで!」

 ホークスから隠れるように紙を覆って書きだした私を「どうせ後から見られるのに」とおかしそうに笑うホークス。この人、本当に人気者なの?




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