You are my HERO

「あれ! ドームやん!」
「ええ。結構おっきいでしょ?」
「うん! それに海もあんなに広いんやねぇ」
「そうですね。海の上を飛ぶのは気持ちいいですよ」
「いいなぁ。私もホークスの個性やったら良かった」
「なまえさんの個性も鍛えれば飛べそうですけどね」
「うーん……でもやっぱりまだ怖か」
「そうですか。海の上、行ってみます?」
「えっ! で、でも……。私抱えて飛びよって重くないと?」
「なァに今更なことを。それに俺の剛翼は1枚で人ひとり抱えられるんですよ」
「じゃ、じゃあ……」

 グンっと速度を上げ、あっという間に眼下に空とはまた違った深みのある青が広がる。そこに1つの大きな影がポツンと浮かび、ここにはホークスと私しか居ないのだと改めて実感させられる。……ということは私、今ホークスに手を離されたらこのまま海にドボンってこと? どうしよう。それはかなり怖い。

「あれ、怖いですか?」
「……だって、今私ホークスしか頼れる人居らんやん」
「それは、そのこと自体が怖いってコトですか?」
「面白がって手離しそう」
「それが唯一の相手に対する評価ですか」
「あっ! 駄目よ? 離さんでよ!?」

 それはどうでしょう? とか恐ろしいこと言ってくるもんだから慌ててホークスの腕をギュッと握りしめる。そうすればホークスは「はは。必死ですね」なんて勝ち誇ったように笑う。この男は本当にいけすかない男だ。だけど、やっぱり。ちょっとだけ楽しい。



「体、冷えませんでした?」
「ありがとう。だいぶ温かくなってきたし、大丈夫」

 ビルの屋上に着くなり、姿を消したかと思えば両手にコーヒーを携えて戻ってきたホークスからそのうちの1つを手渡される。それを受け取って喉を潤し暖を取ると、なんだか今日1日起こった出来事の全てがフワフワと夢のような気がした。だけど、今私が居る場所は1人じゃ来れない屋上で、実際隣にはあのホークスが居る。これは、まごう事無き私の現実なのだ。

「どうしたんですか、そんなにボーっと俺に見惚れちゃって」
「なっ、見惚れとるとかやない!」
「あら、なーんだ。ザンネン」
「……にしても、本当にいいと? 鷹守の件」
「ん?」

 隣でコーヒーをぐいっと飲み干すホークス。先程ホークスはお父ちゃん達に“お願い”と称して“鷹守の全国展開”を提案していた。しかも、注文や配送の全てを自分の事務所で請けるとも。その提案自体は凄く嬉しいし、私だって鷹守の良さを全国の人に知って貰いたい。だけど、プロヒーローがイチ企業にそこまで手を貸して良いのだろうか? そういう不安が私の中にあった。

「えぇ。SNSなどのネットを使えば注文手配は簡単ですし、剛翼でも運搬すれば送料も安く抑えられる」
「でも、」
「大丈夫。あれだけ美味しいお酒なんです。絶対売れますよ」
「そうやなくて! ホークスが協会からなんか言われるんやないと?」
「俺が手助けするのは軌道に乗るまで。それまでは地域貢献とでもいえばヒーロー協会だって無下には出来ないでしょう」
「そこまでして貰っていいんやろうか……?」

 隣をちらりと覗く。夕陽に照らされた髪の毛がキラキラと輝いているみたいだ。その横顔に、今度は本当に見惚れてしまっているとホークスもこちらをゆっくりと向く。合わさった視線を茶化すでもなく、優しく受け止めホークスは微笑む。

「俺がしたいことなんで。それに、地域貢献だって嘘じゃない。こうやって地道な活動を続けていれば、自ずと活気は出てくる。そうすれば、またあの温かい商店街のような空間が出来てゆく。そうでしょ?」
「……そうやね、確かに」
「ええ。これぞ正に一石二鳥ってヤツです」

 飲み終わった空き缶を剛翼に乗せ運ばせたホークスは「では、帰りましょうか」と再び翼を広げだす。その羽は夕陽の色に負けないくらい紅く輝いていて、どうしようもなく格好良いと思ってしまう。

「色々思うことはあるけど」
「えっ、なんですか」
「でも1番は、やっぱりホークスはヒーローってことやね」
「そりゃあ、まぁ」
「ううん。プロとかそういうんやないよ」
「どういうイミですか?」
「“私にとって”ヒーローって意味」
「ハハ! そうですか。それは良かった」

 夕陽が姿を隠し、暗くなった空でホークスに素直な気持ちを告げるとホークスが嬉しそうに翼を羽ばたかせる。夜間飛行だったせいでホークスの顔を見ることは出来なかったけれど。私は間違いなくその日、初めてホークスの笑顔を見たのだ。




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