この風はふたり乗りです

 飛ぶ鳥を落とす勢いとはこのことをいうんだろう。ホークスの協力によって再開した鷹守の販売は、今や大盛況となっている。ホークスが言うのならと、商店街の人たちも酒造会社の人も快諾してくれたらしい。

「このままいけば、なまえさんの夢もそう遠くない未来で叶いそうですね」
「そうやね。もうお父ちゃんたちは引退するけど、どこかでまた商店街みたいな暖かい空間が出来るといいなぁ」
「そっちもですけど、稼いでお父さんたちに恩返しする夢もです」
「えっ、アレ聞いとったん!?」
「聞いたというか、聞こえた、ですけどね」
「は、恥ずかしか……」
「どうして? 立派じゃないですか。家族想いなんですね、なまえさんは」
「……まぁね」
「それじゃ、俺はなまえさんの稼ぎの為にも一生懸命働いてきます」
「! い、行ってらっしゃい!」

 ポンポンと頭に手を置かれたかと思えば、すぐさま空へと羽ばたいていったホークス。今まで家族以外に頭を撫でられたことなんてなかったから、ちょっと驚いた。だからちょっとだけ照れ臭かっただけで。別にそれ以外の意味なんてないのに。

「なまえちゃん顔真っ赤〜」
「せ、せからしか!」

 どうしてこんなにサイドキック達からからかわれないといけないのか。



 鷹守の件から数週間。元々ホークス事務所は多忙極める場所ではあったけれど、そこに鷹守の事業が加わって、毎日が目まぐるしい。

「休憩行ってきます!!」
「ゆっくり休んどいで〜」

 ようやく仕事に折りあいを付け、飛び出すようにとった昼休憩。パソコンに書類整理に……と机に座りっぱなしだったから体がうずうずしている。酒屋では体を動かしていたから、ジッとしている作業はどうも落ち着かない。
 息抜きを兼ねて近くの公園で昼食を食べ、日の光を浴びながら微睡む。あぁ、やっぱり外の空気は良い。このままだと寝そうだし、念の為アラームをかけておこうと閉じた目を開いた時だった。

「あれ? あの子……」

 視界を広げた時に映ったのは1人でしゃがみこんで泣いている小さな女の子の姿。周りに視線を這わせても誰も居ない。どうやら迷子らしい。慌ててベンチから立ち上がって女の子のもとへと駆け寄ると、女の子は私を見上げて再び泣いた。

「お母さんは?」
「……ここにはおらん、」
「? じゃあアナタはどこから来たの?」
「とうきょう……」
「東京? あ、引っ越しとか?」
「ううん。テレポートしたと」
「テレポッ……あ、個性か」

 会話しながら女の子を落ち着かせ、座っていたベンチに戻り改めて話を聞く。
 女の子は元々こっちに住んでいたが、転勤で東京へと引っ越した。しかし、地元の友達に会いたくなって個性を使ってこっちまで来たはいいが、使い過ぎて戻れなくなってしまった――ということだった。

「もうママとパパに会えんと?」
「大丈夫。お姉さんがなんとかするけん」
「ママとパパに会いたか……」

 そう言って再び泣きだした女の子を抱き締め、どうにか宥める。個性とはどうにも便利で厄介なもの。自分の力なのに、制御が出来なければ自分が困る。私も21にもなって自分の個性を使いこなせていないから、女の子の気持ちが分かる。

 だけど、私はホークスのもとで少なからず(本当に少しだけど)訓練を積んだ。だから、ちょっとは人の為に使うことが出来る。

「わっ?」
「ビックリした?」
「スーッてした。お姉ちゃんの個性なん?」
「そう。成功して良かった」
 
 そう言ってはにかんでみせると、女の子はケラケラと笑いだす。どうやら私の起こした風が楽しかったようだ。「もっかい! もっかいやってみて!」とはしゃぐ女の子に今度は“髪の毛”と心で呟きながら風を起こす。
 前にホークスから“風を起こす”という漠然としたイメージじゃなく、“どれくらいの風なのか”を具体的にイメージした方が良いとアドバイスを貰ったおかげで、だいぶ個性の制御が出来るようになった。

「わ、凄か! お姉ちゃんの個性、よかね!」

 楽しそうに笑いだした女の子にホッと胸を撫でおろし、事務所に連れて行こうと思っていると、「あー。居た居た」と空から声が降ってくる。

「なまえさんがお昼から戻って来ないってサイドキックの人達が心配してましたよ」
「あっ! やば、30分も過ぎとう!」
「迷子ですか?」
「そう。テレポート個性で東京から来たは良いけど、帰れんくなったみたいで」
「そうですか。じゃあ俺が東京まで送りましょう」
「あぁ! そうすれば良かたいね!」

 それからホークスの指示に従って親御さんに連絡を入れ、無事に東京へと帰って行った女の子。……なんだか今日はヒーローっぽいことが出来たなぁ。

「ただいま戻りました」
「あ、おかえりなさい。遠くまでお疲れ様でした」
「いえ。これもヒーローの務めですから」
「女の子、大丈夫でした?」
「ええ。なまえさんと遊べて楽しかったそうです」
「そっか。良かった」
「さすがなまえさん。俺の自慢のサイドキックです」
「……っ、そ、そうやろ?」

 またしてもポンポンと頭を撫でられる。……あぁ、どうしよう。お父ちゃん達に撫でられるのとは訳が違う。とてもくすぐったくて、胸がムズムズしてしまう。




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