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ふたたびまして。

なまえへ


俺と場地さんが初めて会った時、場地さんは手紙を書いていた。それを見た俺は「キモい」と一蹴したんだ。まさか10年越しに自分が書く側になるなんて、思いもしなかった。手紙って何を書けば良いかよく分かってねぇけど、とにかく、俺がなまえに伝えたいことを書いてみる。キモいと笑わずにいてくれると良いけど。

初めてなまえを見つけた時、俺は“面倒臭い”“勘弁してくれ”って思った。だって自殺しようとしてたんだぜ?今となっては想像しにくいけどな。そんで成り行きでなまえを俺の家に呼んで変な同棲生活が始まった。面倒事に自分から足突っ込んで、何がしてぇんだ?って何度も思ったよ。だけど、なまえと過ごす時間がなんか心地良くて。気付けば1人を求めて帰っていた自宅に、安らぎを求めるようになっていた。なまえは結構聡いヤツだったから、そこが俺にとっての拠り所になってたんだろうな。

結局、なまえと過ごせたのは2週間くらいだったな。今となってはもっと早くに出会っておきたかったって思うよ。…まぁ、もしそうだとしたらなまえにこうやって手紙を書くこともなかったかもしんねぇけど。

俺が手紙を残そうと思ったのは、色々と理由がある。
この手紙を読んでいる時、俺はもうこの世に居ねぇだろう。もし奇跡が起こって生きていたら即行この手紙を破り捨てるから。それが出来てねぇってことはそういうことだと思う。まずはそこを謝る為だ。なまえに“生きろ”なんて言っておきながら俺が死ぬことになっちまった。格好悪いよな…本当にごめん。だけど、これが俺が選んだ生き方なんだ。どうか、許して欲しい。
それから次に、なまえにはこれからも生き続けて貰う為だ。前になまえが“俺が居なくなりそうで不安になる”って言ってたよな。その時点で既に俺は自分の死を予感していた。だからあの時、その不安を笑い飛ばしてやることが出来なかった。だからせめて、俺が居なくなった後もなまえが穏やかに生きていけるように、出来る限りのことはしてやりたいと思う。
デスク横の金庫に俺の金を入れてる。ほぼ全財産だからそれで当分は困らないと思う。あぶく銭だと思って貰って良い。俺を詰って良い。でもどうかその金をなまえが生きていく為に使って欲しい。こんな金しか残せなくてごめんな。
それと、もし今後お前の父親が何か言ってきたとか、そういう困りごとが出来たら“東京卍會”を頼れ。タケミっち…花垣武道はそこの最高幹部だ。ぜってぇなまえの力になってくれる。俺の自慢の相棒だから、アイツを信じろ。俺が居なくてもなまえを支えてくれる人は沢山居る。俺がお前に手を差し伸べたように、俺の仲間なら絶対になまえを1人にはしないだろうから。
それに、お前は“ペケの世話係”だ。もし俺の後を追おうなんてこと考えたらペケが悲しむからな。それだけはぜってぇすんな。…もしそんなことされちまったら今度は俺のが罪悪感で潰れちまう。だから、これは俺の最後のわがままだと思ってくれ。

なまえ。お前はこれからも色んな生き甲斐を見いだしながら生きてくれ。

母親を亡くしたなまえに俺の死までぶつけちまったことは本当に申し訳なく思う。そのことに関する文句はなまえが人生を全うした時に必ず迎えに行くから、その時にでも聞かせてくれ。…もし、なまえが俺のことを忘れて幸せな人生を歩んだのならそれはそれで陰ながら祝福する。何でも良い、なまえが楽しいと思える人生を送り続けてくれることを願う。

あんまりダラダラ書くのも男としてキモいと思うから、ここら辺で終わろうかと思う。…手紙の終わらせ方がイマイチ良く分かんねぇ。なんて書いて終われば良いんだっけ。お元気で。…はなんか違う気がすんな。


…本当はこんなこと、手紙に書くべきじゃねぇし、何なら死んだ人間が遺す言葉じゃないことも分かってる。でも、やっぱりどうしても伝えたい。最後まで自分勝手でごめんな。戯言だと思って流し読みしてくれても良いから、書かせてくれ。

俺は初めて会った時からなまえに惚れていたと思う。生きてんのか分からねぇくらい儚げな存在を、俺は綺麗だと思った。そんでなまえを側に置いて色んな表情を浮かばせて“生”を楽しんでいるなまえを俺は愛おしいと思った。なまえはいつだって綺麗で、何度もお前を抱き締めたいと思ったよ。もし、もう1度違う世界でなまえに会えたなら。その時は直接伝えさせてくれ。

俺はなまえのことを愛してる。今までも、これからもずっと。俺はなまえのことを想い続けるよ。

じゃあ…またな。

松野千冬








 今年も場地さんの命日がやってきた。あの日からもう13年経つのかと毎年と同じような感慨に耽る。10月31日は場地さんの墓参りをし、その足で馴染み深い団地へと足を運ぶことにしている。もう目を閉じてもこなせる行事のハズなのに、今日はどうしてこんなに心がそわつくのだろうか。変に高鳴る心臓をあやすように空を見上げた時、屋上に佇む女を見つけ眉根を寄せた。それは次に浮かんだ女が取りそうな行為が予測出来た為でもあるし、それとはまた別の、なんとも形容しがたい想いがこみ上げて来たからだ。

 どうすれば良いかも、どうしようとしたのかすら分かってないままなのに、俺の足は屋上に向かって力強く地面を蹴っていた。



「オイ」

 落書きに目もくれず駆け上がった階段の先、辿り着いた屋上に居た女にとりあえず声をかけると、女はゆっくりとこちらを振り返る。……またあの変な気持ちがぽこりと泡のように浮かぶ。それにこの既視感はなんだ?

「死ぬつもりか?」
「……そのつもり、でした」

 ぽこり、また1つ浮かんだのは違和感の泡。既視感はあるのに、違和感を抱く。何なんだ、コレ。

「1年前、母親を病気で亡くしたんです。もう何もかもが嫌になって死のうと思った時、黒猫が私の前を横切りました」
「黒猫?」
「黒猫が横切ったら縁起が悪いっていうじゃないですか」
「黒猫、可愛いだろ」
「……ふふ。確かに、可愛いです」

……ぽこり、ぽこり。お湯が沸騰するように泡は次々と浮かんでは弾け、また新たな泡を呼ぶ。そしてその感情は水がお湯になるように、熱情を孕んでいくのが分かる。

「……あの時、死のうとしている行為が縁起悪いのかもと思えたんです。それと、いざ死のうとしたら何だか凄く罪悪感を感じて。その場で足を止めたら猫の鳴き声がして、それで辺りを探したら小さい白猫が居たんです」
「……」
「私の前を横切った黒猫が捨てられていた白猫の世話をしてたみたいなんです。その子、私が白猫を見つけたらどこかに姿を消しちゃって。……これも何かの縁だと思って白猫を飼いだしたら毎日が楽しくなっちゃって」
「……それは……良かった」

 毎日が楽しいと言う名前も知らない女。その言葉に胸を押さえたくなる程の嬉しさがこみ上げるのは何故なのか。

「今日は単純に夕陽を見に来ました。高い場所から見る景色が好きなので。……そのせいであなたに勘違いをさせてしまってすみません」
「……いや、構わねぇ。俺も大事な場所を死に場所に選ばれなくて安心したよ」
「……あの、変なことを言うかもしれませんが……。私が今日ここに来た理由はそれだけじゃない気がするんです。ここに来ないといけない気がしたんです。その感覚がずっと不思議だったんですが、あなたに会ってその理由が分りました。私は、あなたに会う為にここに来た……そんな気がしています」

 恥ずかしそうにボソボソと言葉を紡ぐ女。もし俺が、そんな姿に愛情のような感情を抱いていると白状したらこの女はどんな反応を見せるのだろう。

「俺も猫、飼ってんだ」
「なんだかそんな気がしてました」
「お前の猫と俺の猫、会わせてみる?」
「……はい。是非」

 理由がハッキリとしない。でも、どうしてかコイツの笑った顔は俺の心臓に深々と突き刺さってくる。コイツとは初めて会うハズなのに、ものすごく待ち望んでいたような気がする。

 もしかすると、こういうの出会いを運命と呼ぶのだろうか。なんて柄じゃない思考を笑い飛ばしたかったが、何故か溢れたのは笑いではなく涙だった。



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