あなたいつだってわたしの虜

「押して引くっていう作戦でもしてるの?」
「別にそういう訳じゃ……」
「辻ちゃん滅茶苦茶気にしてたけど?」
「そ、か……悪いことしちゃってるなぁ」

 辻くんの女性恐怖症を克服する為に始めた練習も一応は継続中だ。だけど、私に慣れれば慣れるほど辻くんの可能性を広げている気がして、どうしても気が乗らない。だからここ数日は本当に世間話程度で済まし、ご飯を食べ終えるとそそくさと解散する日々を過ごしている。

「自分勝手だって分かってるんだよ……これでも」
「何があったの」
「訊いてくれる……?」
「うん。おもしろそうだし、良いよ。訊く」
「その理由心に押し留めておいて欲しかったナァ」

 犬飼の理由はどうあれ、話を訊いてくれるならこの際なんでもいいや。



「なるほどねぇ。なけなしの乙女心が出ちゃった訳だ」
「うわめっちゃ失礼。私だって正真正銘乙女だわ」
「えっ、みょうじが乙女って、無理でしょ」
「はぁ?」
「いや今までの言動思い出してよ。どこが乙女」
「うぅ……」

 そう言われると辻くんのがよっぽど乙女っぽかった。押し黙るしかない私に犬飼は勝ち誇ったように笑う。

「要はさ、辻ちゃんが女性恐怖症克服したあともみょうじだけを特別視すれば良いってことでしょ?」
「え、あー、まぁ。そうなるね」
「多分それ、心配ないと思うよ」
「? どういうこと?」
「あ、丁度良いや」

 丁度良いと言って笑った犬飼の笑みはおもちゃを見つけた幼児と変わらなかった。しかもその笑みはあろうことか、弁当を持った辻くんに向けられていたから、私は犬飼とは反対に冷や汗を掻く。

「辻ちゃん。俺、実はみょうじのことずっと好きだったんだよね」
「っ!?」「ハァ!?!?」

 よからぬことを、とは思ったけれど、犬飼の発言は想像を簡単に超えてきた。案の定私と辻ちゃんは似たような表情を犬飼に向けている。

「ちょっ、犬飼何言って……」
「最近辻ちゃんとみょうじが仲良さげだからちゃんと言っとこうと思って。だからたまには俺にもみょうじとご飯食べさせてよ」
「え、あの……、」
「行こう、みょうじ」
「え!? え、ええ!? ちょっ、犬飼っ」
「じゃあね、辻ちゃん。これからはライバルとして正々堂々、よろしく」

 犬飼の口調はふざけているようでふざけていない。というか本当か嘘かイマイチ分からない。いや多分嘘なんだろうけど!この絶妙さが惑わせる。だから必然的に私も本気で戸惑わざるを得なくて、辻ちゃんの前であたふたとしてしまう。え、てか待って。ライバルっておかしくない?辻くんのことを好きなのは私で、辻くんは別に私のこと……あぁ自覚すると悲しくなるな。

 犬飼、どうする? これ、もしかしたら私たちが付き合うハメになるかもよ……?

 犬飼の突拍子もない行動にそんな心配事が顔を覗かせたのも束の間、「駄目です」とハッキリと意志の通った低い声が私たちを呼び止める。

「犬飼先輩、なまえさんだけは……駄目です」
「へぇ。どうして?」
「俺の好きな女性だからです。すみません、犬飼先輩。なまえさんだけは譲れません」
「はェ……?」

 2人の会話に挟まれた私から出た声は、普段辻くんが私に向かって発するのとほぼ変わらない奇声だった。は? とえ? がない交ぜになったような。そんな言語化出来ない単語。だって仕方無いじゃん。辻くんが私のこと、“好きな人”と言ったんだから。

「それは俺も……って言いたいけど。さすがに相思相愛の仲に入るのはやめとく」

 チームメイトと泥沼なんてゴメンだしねーと続け、いとも簡単に私の腕を解放し「じゃ、あとは2人でごゆっくりー」なんて調子の良い言葉を置き土産にスタスタと立ち去る犬飼。

「辻くん……」
「……あ。……あ、あああああああのっ、そのっ!!」
「あっちの空き教室、行こう?」
「……ハイ」

 今回ばかりは辻くんの真っ赤な顔を見て可愛いと思う余裕がない。
prev   top   next



- ナノ -