Heroine is not exist
辻くんと2人で入った空き教室は勿論誰も居ない。2人きり。どちらかが言葉を発さないといつまでも静寂を保つ教室。そして沈黙を破るのは、もちろん私。
「さっきの、本当?」
「えと……その……ほんとう、です」
「私のこと、好き?」
「……っ、あ、えと……その……ハィ」
さっきはあんなにハッキリ言ってくれたのに。今は小さく蚊の鳴くような声での返事だ。だけど、その声は間違いなく肯定の言葉で。それだけで十分私の気持ちは浮足立つ。
「俺、ひゃみさん……隊のオペレーターとは、普通に話せるんです」
「そうなんだ?」
「なまえさんとも……だいぶ話せるようになった、と、思います」
「そうだね。私、それはすっごく嬉しいんだよ」
「……け、けど、なまえさんと話す時、心のどこかでいつも緊張してます」
「うん」
「なまえさんが笑ったり楽しそうにしてたりするの見てると……ド、ドキドキします」
「うん、」
「……それで、可愛いって思います」
「か、かわいい……」
私がずっと辻くんに思ってた感情。まさか辻くんも抱いてくれてたなんて……。うっわ、どうしよう、結構恥ずかしい。今までさんざんゴリゴリに押してたクセに。可愛いとか言われると照れる。乙女か。
「俺、なまえさんが好きです」
真っ赤な顔して、だけど大事なことだからと真っ直ぐ私を見つめて想いを告げてくれる辻くん。……あぁ、やっぱり。
「私も辻くんが好きだよ。……ね、キスしていい?」
「え……あ……え?」
フリーズした辻くんが可笑しくて、愛おしくて。衝動を抑えるなんて無理だ。
「あぁもうキスするから。目、閉じて」
催促すると流されるように目をぎゅっと結ぶ辻ちゃん。あぁ、可愛い。透き通るように白い肌に朱が滲んでいる。さながら乙女な辻ちゃんを愛おしく思いながら、まずはその頬にキスを。
「あ、キ、キスって頬だったんです……っ」
頬に落とされたことが意外だったのか、瞼の力を緩めた辻ちゃんの隙をつくように頬を掴んで唇を奪う。慌てて瞳と唇を結び直した辻くんの一挙一動を余すことなく見つめて味わう。
「これから辻くんがする初めて全部、私も一緒に経験したい。……辻くんの初めて、全部私にくれる?」
「よろしくお願いします……」
「うん、私、辻くんのこと、大事にするから」
唇を離し、辻くんの目を見つめて言葉を添えると頬も耳も全部を真っ赤にしながら必死に言葉を返してくれる辻くん。あぁ堪らなく可愛い。
本当ならそのポジション、私が請け負う側な気もするけど。もういいや。だって辻くんのがヒロインっぽいんだもん。可愛いのはどっち? と訊かれれば、私は迷わず辻くんだと答えるだろう。
だって、私、辻くん以上に可愛く居られる自信ないし。
「……はい。俺も、なまえさんのこと精一杯大事にします」
「……うん。よろしくお願いします」
だけど辻くん以上に格好良く居られる自信もないや。
「こんな私だけど、辻くんは良いの?」
「はい。なまえさんが良いです」
「そっか。私も辻くんが良い」
でも、それでもいいよね。私たちは私たち。お互いがお互いを好きならそれで。
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